「スルー……。まさか、お前……皇国に居たのか?俺がどれほどお前を探し回ったと思う?」
「おお、久しぶりじゃないか!マヨナカ!」
俺は余りの急展開と、確かにマナの中で見た“ヨル”とソックリなその男の姿に、ドドドドドと心臓が嫌に激しく音を響かせるのを感じた。
しかし、当のプラスは急に現れた、過去の男、いや恋人?と、あれは言って良いのだろうか。体だけの関係のようにも見えたが、けれどプラスのマナの中でのマヨナカの姿や、プラスの話から察するに、マヨナカにとってはどうも“体だけ”ではなさそうだった。
そんな相手に、プラスは一切心を乱される様子は見せない。
いつものあっけらかんとした様子だ。
「久しぶりって……お前」
「あぁ、お前にとっては久しぶりじゃないのか。じゃあ……そうだな。やあ!」
「……お前、変わったな。なんだ。そのやかましい喋り方は」
「そうか?俺はいつもこんなだったと思うがなぁ?」
俺は店の奥で服の生地や細かな採寸を行う為に、この場から離れているベストとウィズに良かったというべきか、あの二人無しでこの場をどう収めるのかと、ともかくどう思ってよいのやら分からなかった。
「……おい、そっちの奴は誰だ」
「っ!」
そう、上質な生地の匂いの漂う高級感のある店内で、突然こちらに向かって投げかけられた棘のある言葉に俺はビクリと肩を揺らした。この圧倒的に人を見下すような目は、正直向けられ慣れてはいるのだが、顔が整っている分、単純に威圧感が凄く怖いモノがある。
「そっちの奴……あぁ、コイツはアウト」
「どういう関係だ」
「どういう……そうだな。俺達は夫婦だ!」
「へっ!?えっ!?ちょっ!プラス!?」
「なんだ?だってそうだろ。こないだヴァイスに婚姻の儀もしてもらったじゃないか」
何をそんなに驚いているんだ?
そう言わんばかりの顔で、此方を見てくるプラスに、俺は一気にマヨナカから向けられていた視線に鋭さが増すのを感じた。
「コイツが……?ほう」
「いや、ちがっ……えと、それは、またまた今だけで」
「なら……お前が“ヨル”なのか?こんな奴が……俺と似ているだと?」
違います違います!俺はヨルではありません!
俺は余りにも向けられる視線が鋭すぎて、逆に口から言葉が出てこない状態に陥っていた。ひとまず違う違うと首は高速で横へと振る。
「アウトはヨルじゃない!けど、最高に良い奴だ!死ぬときは一緒だと、誓約書まで書いたからな!なぁ、アウト!」
「は?」
おいおいおいおい!
しかし、どんなに俺が首を横に振って否定しようとも、隣に立つプラスは、俺の“ぎょうかん”どころか“ぎょう”すらも読む気配はない。
おかげで俺の精神はというと、研磨したての刃を持つ剣で、容赦なくブスブスと刺されていく。俺はマナの量が増えたせいで、外側の傷は、どんなモノでは超回復するようになったが、別にそれは外側だけだ。
心は刺されたら痛いんだからな!?
「スルー。お前はこんなヤツで、本当に満足しているのか?」
「と、いうと?」
「お前の、あのどうしようもない程のいやらしい体は、ちょっとやそっとでは……満足出来ないだろうと、そう言ってるんだ」
マヨナカの、淡々とした言葉尻の中にハッキリと宿る、プラスへの性欲。次第にその性欲は、言葉尻だけではなくその目にも浮かび上がってくる。
この男は本気だ。この男は、またプラスを抱きたいと思っている。その中に“愛”があるのかは、ぎょうかんの読めない俺には分からないが、どちらにせよ、このマヨナカにとって、プラスは唯一無二であることは……なんとなく理解が出来た。
「なぁ、スルー。西部の聖地消滅の知らせがあった後、すぐにお前を思い出したさ」
「そうか」
「まぁ、パステッド本会がある場所と、お前の居たスラムは近いからな……探しに行ってっやったさ。けれど、お前はどこにも居なかった。死んだのかと思ったぞ」
「そりゃあ、居ないだろうな?俺は皇国に居たし」
「俺は、ガラにもなく必死だった。必死に、俺はお前を探したし、あの時無理やりにでも此方へ連れて来なかった事を後悔した」
「なぜ」
「……また、お前を抱きたいからだ」
直球だ。
言いながら、更に強くなるマヨナカの性欲を孕んだ視線。言葉尻に込められた熱は、ぎょうかんを読めない俺にすらはっきりと理解できる雄の本能が込められており、なんだか俺は恥ずかしくて目を伏せた。
すると、そんな俺にマヨナカは一気に先程までの熱を仕舞い込み、またしても鼻で笑ってきた。
「っは、もしかしてスルー、今度はお前が抱く側か?」
「俺が、アウトを?そんな訳ないだろう」
「だったら、こんな“坊や”臭いガキにお前が満足させられている訳がない」
「別に、俺はアウトに満足している。一緒に踊ってくれたり、歌ってくれたりするしな」
「踊り……歌?笑わせるな。ふざけるのも大概にしろ」
一向に望みの方向に進まないプラスとの会話に、そろそろマヨナカが苛立ちを覚え始めていた。コツコツと、形の良いツヤのある革靴が、店の塵一つ落ちていない床を踏み鳴らす。
「スルー。お前、本当はそんなお綺麗なモンじゃないだろ?それともコイツには隠してるのか?あの、お前のいやらしい、汚い本性を」
「アウトは、俺の汚さも知ってると思うが」
「……へぇ。まぁ、どうしてもと言うなら、義理立てして、そっちの奴もついて来ても構わん。迎えを用意させる。ついて来いよ……なぁ、スルー」
そう、プラスの体にマヨナカの伸ばした手が触れようとした時だ。
——–お父さん。プラスを守ってくれ。
ベストの声が、俺の耳の奥で聞こえた気がした。
「っ!ダメだ!なんだよ、急に!プラスに触るな!」
俺はベストの声に、弾かれるように自身の体を、マヨナカとベストの間に入りこませた。お陰で、俺よりも圧倒的に高い位置にあるマヨナカの視線が、容赦なく俺へと降り注がれる。正直、圧倒的に怖い。怖いけど、俺はお父さんだし、ベストと約束したし、家族を守らなきゃいけないんだ!
「もうプラスはスルーじゃない!抱きたい抱きたいって一方的な気持ちばっかり言うな!」
「……っは。坊やが」
「坊やって言うな!」
俺は自分が今居る場所を一切鑑みずに叫んだ。しかし、客は他には俺達しか居ない。なにせ、この洋装店は完全予約制なのだから。ただ、此方を見つめる店の従業員達は、いつ俺達を止めに入ろうかと、少しザワつき始めている。
「いいか、聞くんだ。坊や。お前がどこまえソイツの本性を理解しているかは知らないがな。お前じゃあ、あの体は宝の持ち腐れだ。黙って抱かれ、余計な事も言わず、此方に介入もしない。変な気も起こさず、ただ、静かに、黙って俺の望む通りに、俺を受け入れる。そうやって、どうせこれまでも何人もの男をタラしこんできたんだろうよ」
「なっ!」
目の前の男が、勝手な事をベラベラと言う。
それは、マナ無しだからと言って、それだけで俺の事を全部決めつけてバカにしてきた周りの奴らと、同じじゃないか!
「正直、お前みたいな小者の処理なんて、俺には容易い。ここでソイツを俺に渡しておいたほうが、お前の人生の為だ」
「うるさい!うるさい!プラスは俺の家族だ!絶対に渡さない!」
「……アウト」
俺の後ろから、プラスのボケっとした声が聞こえてくる。プラスはいつもこうだ。自分が酷い事を言われている時、いつもなんて事のない平気な顔で何も言い返さない。
——–小児愛好者の変態。
——–マナ無しの白痴野郎。
———お前のいやらしい、汚い本性を。
「プラスは、汚くなんかない!俺の家族をバカにするな!」
「っ」
でも、いくらプラスが平気だからと言っても、聞いているこっちは堪らない!だって、俺はプラスが好きなんだ!一緒に歌ったりダンスをしたりする事もバカにされる謂れがどこにある!
「プラスも言ってやれ!もう、俺達は家族になったから、お前なんかに付いていかないって!ハッキリ言え!」
「……ふうむ」
もう、殆ど子供の癇癪だ。
俺は、マヨナカを下から必死に睨みつけると、プラスを守るように両手を横に広げた。そんな俺に対し、マヨナカはもうお馴染みになりつつある「っは」という、小バカにしたような笑みを俺に向かって投げつけてきた。
「……坊や、身の程を弁えろ」
「身の程って……じゃあ、お前は何様なんだ!俺の事や、俺の家族をバカにして良い奴はなんて、この世界には一人も居ない!」
「これだから、理解力のないガキは……。もういい、どけ」
「どかない!」
そう、俺がハッキリとマヨナカに拒絶の意思を口にした時だった。
「うぐ」
「いいか?よく聞け」
マヨナカは睨みつけていた俺の顔をガシリと片手で掴むと、無理やり自分へと引っ張り寄せてきた。同時に、ググと、力を込められ顔の骨がミシリと音がした気がする。
目の前に、マナの中で見た大人のベストソックリの顔がある。けれど、プラスの言うように、コイツは全然違った。
「お前にはもったいない。ダンス?歌?笑わせるな。そんなお綺麗なモンで、この男が満足する訳がないだろう。コイツは俺の屋敷で飼う。今度こそ、連れて行くぞ。スルー。否は言わせん」
「へぇ。今の台詞はヨルに少し似ていたな」
「……まだ、お前は会えもしない男の名を口にしているのか」
マヨナカは俺の顔を掴んでいる癖に、もう俺の事など見ちゃいなかった。畜生。俺はベストと男同士の約束をしたのに、全然守ってやれてないじゃないか!
俺も酒ばかり飲んでいないで、アボードみたいに体を鍛えておけば良かった!
「なぁ、マヨナカ。そろそろアウトを離してくれ。アウトは大事なんだ。お前なんかよりも、ずっとだ」
「……そうか。なら。お前が俺の所に黙って来るなら離してやるよ。好きなんだろ?この顔が?たっぷり間近で拝ませてやる」
「プラス!行かないって言え!ちゃんと、自分で言え!」
そう、少しばかり弱まったマヨナカの手から逃げ出して叫んだ時だった。
「何を、している」
少しだけ高い、けれどハッキリと怒声を含んだ声が、店の中に響き渡った。声のする方を見てみれば、驚いた表情で此方を見ているウィズと、いつの間にか俺達を止めにかかろうとしていた従業員達、そして――。
「……プラスから、離れろ」
頭の先からつま先まで、ウィズと店の人達にフルコーディネートをして貰った、可愛い可愛い我が子が居た!