「っっ!」
「っっ!」
フリルの付いた首元。
そして、その首元を通し前で結ばれたリボンは紺色と少し落ち着いているが、とてもベストによく似合っている。きっとウィズが選んだのだろう。以前はサスペンダー式の釣りかけ式ズボンだったが、今回からベストの要望も取り入れ、通常のベルト式に変わっていた。
あぁ、少し身長も伸びたせいか大人っぽくなった気がする。
あぁっ!早く、射出砂を出さないと!俺が肩掛けの鞄に手を突っ込んだと同時に、店内中にプラスの絶叫にも近い歓声が響き渡った。
「あぁぁっ!ベスト!なんて素敵な格好にしてもらっているんだ!似合っている!世界一似合っている!」
「おい、プラスっ、アイツが……マヨナカか」
「かっっわいい!」
「おい聞けっ!ちょっ、うわっ」
最早、俺もプラスも先程まで話の中心にしていた、マヨナカの事など一切眼中から無くなった。先程、ベストはマヨナカに対し「プラスから離れろ」と言ったが、マヨナカが離れるよりも先に、勢いよくプラスがベストを抱き締めに走ったせいで、結果として離れる事になった。
「ちょっ!プラス!描画するから離れて離れて!」
「アウトはすぐそうやって描画から入る!まずは目で見ろ!焼き付けろ!まずはそこからだろ!」
「たっ、確かに!」
俺はプラスの言う事が圧倒的に正しい事をしっかり自覚すると、目をしっかり開いてベストを見た。そんな俺をウィズが「まったく」と、いつものお得意の台詞で、苦笑しながら視線を向けてくるのを感じた。
あぁ、やっぱり何度見てもベストの装いは素敵だ。特に、手首についているボタン。あれが三日月の形をしているのがいい。
「ウィズ。やっぱりウィズのセンスは素敵だ!最高だよ!」
「そうだろう。次はお前の着るモノも選んでやろう。華燭の典でダンスをするんだろう?ならば、動きやすい記事で――」
「ううん!俺はプラスと黄色に塗ったゴミ袋で踊るからいい」
「っはぁ!?どうしてそうなる!ゴミ袋など……絶対に許さんからな!?」
あ、面倒臭い事になってしまった。
そう、俺がウィズからフイと視線を逸らした時だ。
「おい、スルー。なんだソイツらは」
「ベスト、ベスト可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い」
「プラス!おいっ!アイツについて説明しろっ!プラス!」
プラスは今やベストを撫でまわし抱きかかえ「可愛い」という言葉だけを口にする人形のようだ。完全に目にはキラキラとした輝き放ち、あと、そして。
「あぁっ!早くベストが精通して、成人して欲しい!いや、今の可愛いベストもゆっくり見たいけど、また早く一緒に種まき遊びがしたいなぁっ!また、俺を抱いてくれっ!」
とんでもない性欲を孕んだ目でベストを見ていた。
どうやら、先程マヨナカとの会話の応酬で、少しずつプラスの方にもその性欲が移っていたらしい。とんでもない事を口走るプラスに、それに慣れていない店の従業員や、マヨナカがハッキリと息をのんだ。
そんな周囲の様子に、ウィズはと言うと「次も利用する此方の身にもなれ」と、俺の華燭の典の衣装の事は忘れ、頭を抱えていた。
あぁ、良かった。プラスには感謝だ。
「っスルー、お前……まさか、ソイツが」
「……あぁ、そうだ。ヨルだ」
「やっぱりか」
そして、どうしてだろう。それまで完全にベストに夢中かと思われたプラスが、その瞬間その表情を一気に豹変させた。そして何をどう思ったのか、かけていたウソの眼鏡を外し抱きしめていたベストに持たせる。
「プラス……おい。お前」
「ん?」
「お前、なんだ……どうした、何かあったのか?いや、アイツのせいだろ?お前、あの男に何をされた?何をするつもりだ」
眼鏡を持たされたベストは、雰囲気のガラリと変わったプラスに対し震える声で尋ねた。本当はこの部屋で、前世の自分ソックリの男を目撃した時から、怯えた表情をしていたのだ。怯え、そしてその奥では怒りにその腹の奥底の炎を燃やし尽くしていた。
愛する人を盗られるかもしれない不安。
愛する人を自分以外の人間に触れられた怒り。
一見すると一切表情の変わらないベストであったが、俺には分かる。俺は、本当にベストの“ぎょうかん”だけは、どんなに狭くても細くても、読み解く事が出来るのだ。
そして、その怯えと怒りに、プラスもハッキリ気付いていたようだ。
プラスはぎょうかんを読めないのではない。読まないのだ。だから、その気になればいつだって読める。そういう奴だって、俺はあのマナの中の出来事を経て、ようやく理解したのだ。
「ベスト。何も心配しなくていい。お前の不安は全部俺が取り払う。だって、俺はこの世で、お前しか要らないからだ」
「っ」
「よいしょっと。少し重くなった。もう少しで大人だな……楽しみ」
プラスは正装に身を包むベストを両手で抱き上げると、自身の片腕に、ベストを腰かけさせた。そして、そのままスタスタと驚きに目を見開くマヨナカの前まで向かう。
それはまるで、マヨナカにベストを見せびらかすような体勢だった。
「なぁ、マヨナカ。最初、お前は俺が“変わった”と言ったな?だったら、今の俺はどうだ?今の俺は、あの頃、マヨナカが毎晩抱いて、愛した俺か?」
「っな……お前。貧民街の売春婦の癖に、俺に愛されていたなんて調子に乗るなよ」
「いいや、お前は俺を愛していた。否」
———今も、愛している。
プラスの凛とした、けれどうるさくない声が店中に響き渡る。そして、その瞬間、プラスの立つその場所は舞台になった。プラスは演じているのだ。あの頃の、マヨナカに抱かれていた時の自分を。
眼鏡をかける前の、マヨナカと時を共にした自分を舞台に上げて。
プラスの悪い癖だ。
いつでもどこでも舞台に仕立て上げる。例えそれが、見られたくない誰かの本心であっても。
「初めての時、お前はただ俺の体を気に入ったな。俺の媚びない反応と、けれど、時折お前の顔を見て“ヨル”を思い出し、甘える瞳のその落差に、お前は興味を持った。違うか?」
「……な、にを」
「マヨナカ。お前が俺を奴隷婦として見なくなったのは三回目だな。三回目、俺がお前の頭を撫でてやった時。あの時お前は俺を意識し始めた。撫でられたのは、初めてだったか?嬉しかったんだろう」
「……やめろ」
「そして、好意の第一歩は、初めて床で種を蒔かなかった七回目の時。あの時、俺はお前の話を黙って聞いた。そして、俺の歌に聞き惚れたな?月明かりに照らされる、俺の横顔はそんなに素晴らしかったか?」
「……い、うな」
「そして、完全にお前が俺に堕ちたのは、俺が寝言でヨルの名を呼んだ時だ。本気で俺を求め初めていたお前は、最初に俺が口にした時から気になっていた男の名を聞いて、奪われたくないという、雄の本能を募らせた。あの時、寝ている俺にお前は何度口付けをした?何度、愛していると口にした?本当に俺が寝ていると、聞こえていないとでも思ったか?」
「っクソが!」
あぁ、プラス。お前の悪い所だ。そうやって、人の心の中を平気で踏み荒らす。
それは、確かにプラスの狭くて深い、谷底のようなマナを象徴したような舞台だった。自信の腕の中にあるベストの他は、どうなっても構わないのだ。
「勝手な事ばかり言うなっ!?貧乏人の、奴隷のお前なんかに、俺が本気で執心する訳がないだろうがっ!ただ、俺は……体の良い捌け口が欲しかっただけだっ!いい加減にしろっ!不愉快だっ!お前なんかっ――んっ」
「……そろそろ、黙れ」
あぁ、プラス。
お前はなんてヒドい奴なんだろう。
俺は目の前で、プラスがマヨナカの唇にソッと人差し指を押し当てる様を見た。その瞬間、マヨナカの瞳が大きく見開かれた。開かれた瞳に宿るのは、絶望に近い、深い紺色みたいな色だ。
この辺りで、俺はあの“マヨナカ”と言う男が、ただただ素直になれない、一心にプラスを愛していた男なのだと知った。
——-スルー……。まさか、お前……皇国に居たのか?俺がどれほどお前を探し回ったと思う?
——-西部の聖地消滅の知らせがあった後、すぐにお前を思い出したさ。
そうでなければ、西部教会の消滅を知った時に、たかだか少しの時間を共にした、奴隷の男を必死で探そうとする筈がない。
——お前を抱きたいからさ。
そんなのウソだ。いや、抱きたいってのもあるのだろうが、それが腹の底ではない。
ただ、マヨナカはもう一度、プラスに会いたかったんだ。