6:海(小学5年生)その2

 

 

 学校の裏山の向こうには、変なお城みたいなのがある。夜になると、キラキラ光る。クラスの女の子が言っていた。

 夜にあのお城に、好きな人と行けば、一生いっしょに居られるらしい。

 

 今思えば、あながちウソでもないのかもしれないが、それにしたってちゃんちゃらおかしい。そう、この頃の俺は純粋にアレをお城だと思っていたのだが、なんて事はない。

 

「……光ってる」

 

 ここは、ただのラブホテルだ。

 

趣味の悪いギラギラした光が、同じくチープな城を更にダサく見せる。センスなんて皆無の性欲処理の場所。

 ただ、そうとは知らないこの頃の俺は、キラキラと光り輝くお城を前に、ゴクリと唾を飲み込んだ。

 

「海、あんまし表に出るな」

 

 そんな俺を、山を一緒に歩いて登って来てくれたへいちゃんが草むらに引っ張る。どうしてそんな風に隠れようとするのか、この時の俺はまったく分からなかった。

 

「どうして隠れるの?」

「見つかったら面倒やけん」

「ここには誰かいるのかな?王様?」

「……いやな、大人」

 

 眉を顰めて吐き出すように口にしたへいちゃん。今思えば、へいちゃんはこの場所が一体どんな目的で使用される場所なのか、既に知っていたのだろう。

 

「海、来たけど……ここで何ばすっと?」

 

 改めてへいちゃんに尋ねられて、俺は困ってしまった。ここに来れば一生いっしょに居られると、女の子達が話していたのを聞いただけだ。何をしたらよいのか分からない。

 

「えっと、お城の中に入ってみる?」

「ここ、子供だけじゃ入られん」

「そうなの?」

 

 ピカピカと光る電飾の光が、へいちゃんの肌を光らせる。そういえば、最近、へいちゃんが怪我をする事が減ったな、と静かに思う。出会ったばかりはガリガリだったへいちゃんの体は、五年生の今、しっかりと肉がついてきた。

 

 良かった。

 

「どうしよう、じゃあお祈りして、かえ……」

「海?」

 

 俺がお祈りして帰ろうと、へいちゃんに提案しようとした時だ。

 一台の車が、山道を上がってきた。そして、お城の外の駐車場に止まるのを見た瞬間、俺は息が止まるような気持ちだった。

 

「……」

 

 車から降りて来たのは、お母さんだった。

 お母さんと、知らない男の人。

 

 二人は並んで車から降りると、なんとお母さんはその男の人に抱き着いたのだ。抱き着いて、男の人と口をくっつけた。

 

「……」

 

そんなお母さんの腰を、その知らない男の人は抱きしめると、そのまま二人は並んでお城へと入っていった。

 

「……おい、海」

「……」

「海!」

「……あ」

 

 あまりの衝撃的な光景に、俺はしばらく耳元で俺の名前を呼ぶへいちゃんに、上手く反応できなかった。そうだ。俺はへいちゃんと一生いっしょに居る為に此処に来たんだと思い出すと、何やら嫌そうな表情を浮かべるへいちゃんに、俺は体ごと向き直った。

 

「海。あんかつ、あんま見んな」

「……なんで?」

「あげんかつ、気持ち悪かろうが」

「あげんかつって、さっきの二人がしてたやつ?」

 

 うちのお母さんと、知らない男の人がしてたやつ。

 口をくっつけて、男の人はお母さんの体をたくさん触っていた。

 

 確かに、気持ち悪い。

 けれど――。

 

「海、もうここはよかやろ。もう帰ろうばい」

「……へいちゃん。お、お、おねがい」

 

——ここに好きな人と来ると、一生いっしょに居られるんだってー!

 

 女の子の声が、俺の耳の奥に響く。

 声が震える。そんな俺に、へいちゃんが俺の方へと体を向けた。今は夏だ。山を登ってきたせいで、へいちゃんの額や、首の所には汗が流れている。

 ちょっとだけ、汗臭い。

 

 でも、そのツンとした匂いも、その時の俺には頭がクラクラするくらい、全部をおかしくする材料にしかならなかった。

あぁ、口の中がカラカラする。

 

「さっきの、ぼ、僕とも……して」

「は?」

 

 お母さんは、きっとお父さんと此処に来なかったから一生いっしょに居られなくなったんだ。だから、あの男の人とは一生いっしょに居たくて、このお城に来たんだ。きっと、そう。

 

 そう、そう、そう。

 

「お、お、お城の、中には、まだ入れないかも、しれないけど」

「海?」

「あの人達が、してたのを、マネすれば、きっと一生いっしょにいれる」

「……」

 

 はぁ、はぁ。

 呼吸が変になる。暑いし、苦しい。あんなお母さん知らない。いや、もう最近お母さんの事なんて見ていないから、もうあの人が本当にお母さんかなんて分からない。

 

 そんな現実逃避をしながら、この時の俺は、俺の神様に必死にまたしてもワガママを言った。

 

「へいちゃん。へいちゃんは、僕と一生いっしょに居てよぉ」

「!」

 

『気持ち悪か』と言っていた行為を、俺はへいちゃんに強いる。不安な未来を少しでも払拭したくて、何にでも良いから縋りたかった。

 目の前には、大きく目を見開いたへいちゃんの顔がある。

 

 タラリと、へいちゃんの首からシャツの中に一筋の汗が流れた。

 

「っんぅ」

「っ」

 

 いつの間にか、俺の口はへいちゃんの口で塞がれていた。さっきのお母さんと知らない男の人のやっていた行為が、今まさに、俺とへいちゃんでも行われていたのだ。

 ピカピカと電飾の光が眩しくて、俺は思わず目を閉じた。ふー、ふーと言う、熱くて苦しそうなへいちゃんの鼻息が、俺の顔に当たる。

 

 そうか、口は塞がっているから、鼻で息をするのか。へいちゃんの鼻息につられて、俺も鼻で息をする。

 

「っはぅ」

「っん」

 

 へいちゃんが、余りにも勢いよく俺の方へと体重をかけてくるものだから、俺は思わず地面に尻もちをついた。ついたのに、未だにへいちゃんの勢いは止まらない。

 

 さっきの男の人がしていたみたいに、俺の体の色々な場所を触る。最初はくすぐったかったその手の動きが、じょじょに気持ちよく感じてしまう。

 

 いつの間にか、へいちゃんの手が服の中にも入り込んできた。女の子でもないのに、俺のおっぱいも、ズボンの中のオチンチンも触れてきていた。そこは汚いよって言おうとしても、口が塞がれているから言えない。

 

「う、み」

「へいちゃ、」

 

 

 一旦、口が離れる。離れてお互いの名前を呼んで、でも、すぐにへいちゃんは再び俺の口を食べた。

 

 ほんとは触ったらダメって言いたかったけど、言えなかった。だって、気持ちがよくてたまらなかったからだ。もう、俺は自分から触ってとでも言うように、オチンチンをへいちゃんの手の方へとくっつけていく。

 

 変だと、分かっていてもやってしまう。

 なんとなく、コレをすれば、へいちゃんとは一生いっしょに居られるような気がした。それくらい、強いナニかを、何も知らないその時の俺ですら、その行為に感じていたのだ。

 

 もう、そこからは一体どのくらいの時間、二人で口をくっつけていたか分からない。

分からないけれど、最後には、へいちゃんの体重をささえられなくなって、俺は地面にゴロンと横になっていた。

 

そんな俺の上で、へいちゃんは俺の体をいっぱい触りながら、口をくっつけたり、そのうち耳を舐めたりしてきた。

 

「……っはっは、へい、ちゃん。あつ、いよ」

「うみ、うみ……うみっ」

 

 最後には、俺の顔の肩の間に顔をくっつけて、俺の首筋に息を吹きかけながら、へいちゃんは苦しそうに俺の名前を呼んだ。呼び続けた。

 

 いつの間にか、俺のオチンチンを触っていたへいちゃんの手が、自分のズボンの中に入っている。手をたくさん動かしているのが、外からでもなんとなく分かったし、へいちゃんはどことなく苦しそうで、俺はへいちゃんを応援しなきゃと思った。

 

 だから、俺はへいちゃんの背中に両腕を回して、よしよしと背中を撫でる。

 あぁ、へいちゃん。今日、帰って欲しくないなぁ。

 

そう、思った瞬間、俺はまたワガママを言っていた。

 

「へいちゃ、今日、かえらないで。うちに、とまって」

 

 その瞬間、へいちゃんの体はピクリと跳ねた。跳ねて「あぁ」と、まるで大人の人みたいに低い声を出して、俺の耳元で頷いたのだった。

 

その日から、へいちゃんは今までが嘘みたいに、毎日ウチに泊まるようになった。