俺、筑後 平弥は、無事に生きて小学五年生になっていた。
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海とオレ(2)
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「おい、ベチョキン。お前、給食費も払ってねーくせに、何給食食ってんだよ」
「……あ?」
クラスメイトの鬱陶しい声が耳に響く。
顔を上げたついでに周囲をキョロキョロと渡してみると、声をかけてきた一ノ瀬以外もニヤニヤと笑いながら此方を見ている。
教師は我関せずだ。
五年上がった今も、俺の状況は昔と然程変わっていなかった。貧乏だのベチョキンだのと、定期的に俺を馬鹿にしてくる周囲の奴ら。特に、一ノ瀬は昔から何かあると俺を馬鹿にしてきていた。
コイツの家は金持ちだ。だから、貧乏人は虐めていいという、意味の分からない理屈で殴られた事がある。もちろん、殴り返した。しかし、結局馬乗りになられ、コイツには敵わなかった。
思い出すだけでも腹が立つ。小四の頃の話だ。
「金もらえねーヤツが給食食うなっち!」
「……」
「コッチはお前が隣やと、臭くて食欲がなくなるとにさ!」
「そやろ!みんな!」と、周囲の人間に同意を求める一ノ瀬。そんな一ノ瀬の言葉に、周りの奴らもクスクスと笑いながら「わかるー」と頷いている。面と向かっては言えない弱い奴らの癖に、集団になるとこうもハッキリものを言う。
俺にとってはゴミみたいな奴ら。
「何で、金ば払いよるオレらが食えんくて、金も払わんお前が食うとかやん?」
この辺から俺はコイツの話を聞くのを止めた。
そう、この頃の俺にとっては、クラスメイトも教師も、地域の大人達も……あの俺に暴力をふるっていたクソ親父さえも、どうでも良い存在になっていた。
そう、全員ゴミ。ゴミ、ゴミクズ。
「おい、無視すんなっち!貧乏人の癖に!」
「……」
あと少しで食べ終わる。
すると一ノ瀬は、俺の食べていた汁モノの皿を奪うと、勢いよく俺にぶっかけてきた。その瞬間、みそ汁の生ぬるいスープが髪の毛や洋服を濡らす。
殺す。
その瞬間、俺は一ノ瀬の襟首を掴むと、そのまま床に叩きつけた。
周囲から悲鳴が聞こえる。簡単に俺に床に押し倒された一ノ瀬が、驚いたような目で俺を見てくる。
そりゃあそうだ。
俺はもう四年の頃の俺じゃない。
もう五年だ。体も少しずつ大きくなった。食うにも困っていたあの頃とは違い、今の俺は食う事には困っていないのだ。海のお陰で、俺は毎晩、飯を求めて腹を空かせる必要はなくなった。
そして、もう一人じゃない。
ゴミはゴミに捨てられるだけの力を手に入れたのだ。
「おい、一ノ瀬」
「なっ!なんかやん!おいっ!俺ば殴ったらどうなっとか分かるとか!?この貧乏人が!」
騒ぐ一ノ瀬を、俺は容赦なく馬乗りになって殴った。
コイツを殴った所で、別に何がどうなる訳でもない。俺は、最近親父の暴力にも、少しは対抗できるようになってきたのだ。
俺が反抗するようになったせいか、親父からの暴力は大分減った。
別に元々大したヤツではなかったのだ。自分に従う、弱い存在にしか力を誇示できないクソな大人。それが親父で、その子供が俺。
「……よわ」
だから、俺はこういうゴミみたいに、自分より圧倒的に弱いヤツを殴る事に、何の躊躇いもないのだ。騒がしい周囲と、俺を止めようとする教師。そして、俺の下で、見苦しい程涙を流して痛がる一ノ瀬。
あぁ、早く学校なんか終わればいいのに。
終わったら、すぐに隣のクラスに海を迎えに行かなければ――
俺は「へいちゃん」と此方を見て笑う海を思い浮かべながら、さっさとこの味噌汁臭くなてしまった髪の毛や服を洗おうと、一ノ瀬の上から退いた。
——-へいちゃん!今日もうちに寄ってく?
あぁ、海以外、この世から消えればいいのに。