——夜、あのお城に一緒に行こ!
——あそこに好きな人と一緒に行くと、一生いっしょに居られるんだって!すごいよね!
まさか、海がこんな事を言いだすなんて思わなかった。
学校の裏山の向こうには、変なお城みたいなのがある。夜になると、キラキラ光る。悪趣味な建物。
それが何か、俺は知っていた。
HOTEL 楽園。
施設の名前だって知っている。
何をする場所かも、もちろん。
昔から、俺の親父はクソだった。暴力もクソだったが、もう一つクソなのは女にだらしがない事だった。
親父にめいっぱい殴られた後、俺が気を失って目を覚ますと、知らない女を部屋に連れ込んで、気持ち悪い光景を目にした事が、幾度となくあった。汚らしい水音と、うるさい女の嬌声。クソ親父の時折漏らす呼吸の声や、いやらしい言葉に、何度、耳を塞いでしまいたかったかしれない。
けれど、起きているのがバレれば、きっとまた殴られる。
だから俺は、必死に気を失っているフリをした。し続けた。
そして、一通り事を終えた親父と、知らない女は二人してどこかへ出かけるのだ。汚い汚れかえった部屋の片隅で、俺は「HOTEL 楽園」と書かれたマッチの箱を、部屋でいくつも見かけた。
『……何が、楽園かやん。気色わるか』
俺はその箱を見る度にゴミ箱に捨てた。本当は触るのも気持ち悪かったが、視界に入り続けると、あの父親と知らぬ女の行為が幾度となく頭を過る。
『……らく、えん』
なんとなく、あの山の施設の事を指すのだという事は分かっていた。
あそこで、何が行われるのかも。
だから、あの場所に海が行こうと言った時は、一体何事かと思った。あんな場所、ふざけてでも行こうなんて口にすべきではない事を、ちゃんと伝えなければ、そう思ったのだが。
『あそこに好きな人と一緒に行くと、一生いっしょに居られるんだって!すごいよね!』
誰に何を吹き込まれたかは知らない。
知らないが、まるで天使みたいな笑顔で、海がそんな事を言うものだから、俺は馬鹿みたいに頷いてしまっていた。
『わかった』
わかったじゃない。
あんな場所に行っても、一生いっしょの願いの保証になんてならない。ならないが、海が俺と「一生いっしょに居たい」と思ってくれた事こそが、俺には大事だった。
場所なんてどこでもいい。海と行けるなら、あの気持ち悪い場所も、本当に楽園になれるかもしれない。
そんな事を思って、俺は遂に来てしまった。
海と一緒に。
HOTEL 楽園へ。
「……光ってる」
海の感動するような声が隣から聞こえた。
趣味の悪いギラギラした光が、同じくチープな城を更にダサく見せる。センスなんて皆無の性欲処理の場所。
ただ、そうとは知らないその頃の海は、キラキラと光り輝くお城を前に、ゴクリと唾を飲み込んでいた。
「海、あんまし表に出るな」
そんな海を、俺は勢いよく草むらに引っ張る。海はあまりに警戒心が無さ過ぎる。ここが何をする場所なのか分かっていないから、仕方がないのかもしれない。けれど、もしこんな場所に子供が居るのがバレたら、一体どんな面倒な事になるかしれない。
俺は俺の掌で簡単に包み込めてしまった海の手首に、なんとも言えない感情を抱きながら、更に自分の方へと海を引っ張る。
もっと、傍に居て欲しい。ギラギラした楽園の光が、俺の心をいつもよりギラギラとさせた。
「どうして隠れるの?」
「見つかったら面倒やけん」
「ここには誰かいるのかな?王様?」
「……いやな、大人」
王様?なんて無邪気な答えを返してくる海に、俺は何と言って良いモノかと悩んだ。悩んで、結局上手い言葉は出てこなかった。
「海、来たけど……ここで何ばすっと?」
気まずくて話を逸らすように尋ねると、海は酷く困ってしまったようだった。ここに来れば好きな人と一生いっしょに居られると聞いて、俺と来た。けれど、何をすれば良いのかまでは分からない。
海のそんな思考が全て読み取れる表情に、俺のギラギラした心が更にドスドスと嫌な音を立て始める。夜とは言え、夏は暑い。汗が、出る。
「えっと、お城の中に入ってみる?」
「ここ、子供だけじゃ入られん」
「そうなの?」
ピカピカと光る電飾の光が、無垢な海の横顔を照らす。楽園という、大人達の汚い欲望にまみれた場所と、純粋無垢な俺の天使が、そこには居た。
楽園。確かに今ならそう思えるかもしれない。
海が居る。海、俺の天使。だったら、ここは今まさに俺にとっても楽園になった。
「どうしよう、じゃあお祈りして、かえ……」
「海?」
一台の車が、山道を上がってきた。そして、お城の外の駐車場に止まるのを見た瞬間、海の表情がそれまでとはハッキリと異なるモノとなった。
それまで温かかった海の手は、スッと体温が引き、夏の熱さで火照っていた海の頬は、一気に白くなる。
「海、どげんした?」
「……」
海の視線の先を見ると、そこには楽園に来た男と女が居た。
その瞬間、父親が女の上にまたがり、一心不乱に腰を振る吐き気を催すような光景が目に浮かぶ。アイツらも、これからアレをするのだ。
二人は並んで車から降りると、なんと女はその男に抱き着いた。抱き着いて、男の口にキスをする。
その光景を、海は茫然とした様子で見ている。
「海!」
「……」
呼んでも返事はない。
男は外にも関わらず女の腰を抱きしめ、挙句に体中をまさぐり始めた。ここは外なのに、気持ちの悪い奴らだ。そして、そのまま二人は並んで楽園の中へと消えていく。
気色悪い。
「……おい、海」
「……」
「海!」
「……あ」
あの男女の行為が、余りにも気持ち悪かったのだろう。
俺の呼ぶ声に、海はやっとの事で反応すると、震える体で俺の方へと向き直ってきた。
あぁ、やっぱり来るんじゃなかった。
海は大人達の気持ちの悪い光景に、具合が悪くなってしまったのだ。そう、その時の俺は思った。
「海。あんかつ、あんま見んな」
「……なんで?」
「あげんかつ、気持ち悪かろうが」
「あげんかつって、さっきの二人がしてたやつ?」
そうだ。
気持ち悪い大人達が行う、気持ち悪くて吐き気を催すような行為。裸で抱き合い、繋がり合う気持ちの悪い光景が、俺の頭を掠める。もう、いやだ。
「海、もうここはよかやろ。もう帰ろうばい」
俺は吐き気を抑え、必死に口にした。けれど、何故だろう。そんな俺以上に必死な様子で、海は俺の方を見ていた。先程まで真っ白だった頬が、熱に浮かされたようにピンクに色付いている。掴んだ手も、先程まであんなに体温を失っていたのに、今や温もりを取り戻すどころか――
熱い。
「……へいちゃん。お、お、おねがい」
なんだ、海。
俺に、何をして欲しい。
お前の言う事なら、俺は何でもする。
——あそこに好きな人と一緒に行くと、一生いっしょに居られるんだって!すごいよね!
海の嬉しそうな声が、俺の耳の奥に響く。
震える海の声。そんな海に、俺は体ごと海の方へと向きなおる。今は夏だ。暑い。汗が体中から流れ落ちる感覚が気持ち悪い。
あぁ、これって夏だから……こんなに熱いのか。
「さっきの、ぼ、僕とも……して」
「は?」
ギラギラとしたいやらしい光に照らされる海。上気した頬。潤む瞳。ハクハクと震える唇から漏れる吐息。
あぁ、腹の下が熱い。ここは何だ。瞬間的に過るのは、クソ親父が、女の股に突っ込んでいた場所。汚い場所。そこが、俺も熱い。
アレをする?俺と海で?
あんな汚くて、いやらしくて気色の悪い事を?
そんなの、絶対に――。
「お、お、お城の、中には、まだ入れないかも、しれないけど」
「海?」
「あの人達が、してたのを、マネすれば、きっと一生いっしょにいれる」
「……」
はぁ、はぁ。
俺まで呼吸が変になる。暑いし、苦しい。
そして、次の瞬間。俺の天使は、とんでもなく、いやらしい顔で言った。
「へいちゃん。へいちゃんは、僕と一生いっしょに居てよぉ」
「!」
タラリと、汗が一筋体から流れ落ちるのを感じた。もう、限界だった。
「っんぅ」
「っ」
いつの間にか、俺は海の唇に噛みついていた。やり方は何となく分かっていた。吐き気がするほど気持ち悪い父親と知らぬ女の行為を、俺は幾度となく目にしてきたのだから。
けれど、きっとそんなの知らなくても俺はこうしたと思う。腹の下にある疼きが「こうしろ」と俺に命令するのだ。
海が目を閉じた。俺は目を閉じない。少しでも海を見ていたかったからだ。
海、海、海、うみ。
あぁ、かわいい。かわいい、かわいい。
俺の世界から、海以外消えてなくなればいいのに。
ふっ、ふっと言う海の必死な呼吸が、俺の顔に当たる。噛みつくように塞いだ唇の端から、どちらのかわからない唾液が漏れた。
もったいない。
俺は、一旦、唇を離すと、海の口の端から垂れていた唾液をベロリ舐めた。すると、まるで海が「もっと」とでも言うように、俺の口へと自らの唇を添えてくる。
たまらない。
「っはぅ」
「っん」
俺はもう完全に海との行為に没頭していしまい、体重をどんどんと海の方へとかけていった。そのせいで、海がペタンと地面に尻もちをつく。
けれど、それでも俺の勢いは一切留まる所をしらなかった。
さっきの男や、俺の親父がしていたように、海の体の様々な場所を触る。普段は絶対に触らないような場所も、全部、触れる。
最初はくすぐったそうな反応を見せていた海が、次第に気持ちよさそうに体をピクピクし始めた。
かわいい。海が、世界で、一番かわいい。
「う、み」
「へいちゃ、」
一旦、口を離す。海の声が聴きたかったのだ。離れてお互いの名前を呼んで、でも、すぐに俺は我慢できずに海の唇を塞いだ。
もう、そこからは一体どのくらいの時間、二人で口をくっつけていたか分からない。
分からないが、最後に俺は、自身の勢いを止められず、完全に海を地面に押し倒していた。この体勢、親父と知らない女がしていた体制と、まったく同じだ。俺は海の体の上から、海の体の至る所に触れて回った。もう服の下に手を突っ込む。
俺が熱を持った場所と同じ場所に、触れてみる。ズボンの中のソコは、汗と肌の熱さで掌にペタペタとくっついた。ただ、どうやら海のは、まだ俺のみたいにはなっていなかった。
もしかしたら、海は可愛いから、親父や俺のように汚くはならないのかもしれない。
そう、その時の俺は本気でそんな事を思っていた。馬鹿だ。けれど、俺は今でもそう思うのだ。海のソレと、俺のは……別の生き物だ、と。
柔らかい海のソレを大事に大事に触れた。
可愛い、可愛い俺の天使。
ここは、楽園だ。
「……っはっは、へい、ちゃん。あつ、いよ」
「うみ、うみ……うみっ」
最後には、俺は海の顔の肩の間に顔をくっつけて、ひたすらに熱い息を漏らした。漏らしながら、必死に固くなった自分のズボンの中のモノに触れる。
俺は何度も、何度も苦しそうに海の名前を呼んだ。呼び続けた。
そんな俺の背中にそっと海の温かい両腕が回される。回されて、俺は自身の耳元で海は初めての誘いをするのを聞いた。
「へいちゃ、今日、かえらないで。うちに、とまって」
その瞬間、俺のズボンの中の掌に、何かが出た。熱い、液体。それと同時に俺は、ビクビクと体が跳ねるのを止められなかった。
変に力の抜ける体と、ただただ満たされるような感覚に、俺は海の体にその身を預けながら「あぁ」と、静かに頷いた。
今思い出しても満たされる。
それは、抑え込もうとして到底抑え切れない、俺の性の強い目覚めだった。
たぶん、続く。
次回は、中学1年生か2年生くらい(ヤバそう)