8:平弥(小学5年生)その2

 

 

——夜、あのお城に一緒に行こ!

——あそこに好きな人と一緒に行くと、一生いっしょに居られるんだって!すごいよね!

 

 

 まさか、海がこんな事を言いだすなんて思わなかった。

 学校の裏山の向こうには、変なお城みたいなのがある。夜になると、キラキラ光る。悪趣味な建物。

 

 それが何か、俺は知っていた。

 HOTEL 楽園。

 

 施設の名前だって知っている。

何をする場所かも、もちろん。

 昔から、俺の親父はクソだった。暴力もクソだったが、もう一つクソなのは女にだらしがない事だった。

 

 親父にめいっぱい殴られた後、俺が気を失って目を覚ますと、知らない女を部屋に連れ込んで、気持ち悪い光景を目にした事が、幾度となくあった。汚らしい水音と、うるさい女の嬌声。クソ親父の時折漏らす呼吸の声や、いやらしい言葉に、何度、耳を塞いでしまいたかったかしれない。

 

 けれど、起きているのがバレれば、きっとまた殴られる。

 だから俺は、必死に気を失っているフリをした。し続けた。

 

 そして、一通り事を終えた親父と、知らない女は二人してどこかへ出かけるのだ。汚い汚れかえった部屋の片隅で、俺は「HOTEL 楽園」と書かれたマッチの箱を、部屋でいくつも見かけた。

 

『……何が、楽園かやん。気色わるか』

 

 俺はその箱を見る度にゴミ箱に捨てた。本当は触るのも気持ち悪かったが、視界に入り続けると、あの父親と知らぬ女の行為が幾度となく頭を過る。

 

『……らく、えん』

 

 なんとなく、あの山の施設の事を指すのだという事は分かっていた。

 あそこで、何が行われるのかも。

 

 だから、あの場所に海が行こうと言った時は、一体何事かと思った。あんな場所、ふざけてでも行こうなんて口にすべきではない事を、ちゃんと伝えなければ、そう思ったのだが。

 

『あそこに好きな人と一緒に行くと、一生いっしょに居られるんだって!すごいよね!』

 

 誰に何を吹き込まれたかは知らない。

 知らないが、まるで天使みたいな笑顔で、海がそんな事を言うものだから、俺は馬鹿みたいに頷いてしまっていた。

 

『わかった』

 

 わかったじゃない。

 あんな場所に行っても、一生いっしょの願いの保証になんてならない。ならないが、海が俺と「一生いっしょに居たい」と思ってくれた事こそが、俺には大事だった。

 場所なんてどこでもいい。海と行けるなら、あの気持ち悪い場所も、本当に楽園になれるかもしれない。

 

 そんな事を思って、俺は遂に来てしまった。

 海と一緒に。

 

 HOTEL 楽園へ。

 

 

「……光ってる」

 

 海の感動するような声が隣から聞こえた。

 

趣味の悪いギラギラした光が、同じくチープな城を更にダサく見せる。センスなんて皆無の性欲処理の場所。

 ただ、そうとは知らないその頃の海は、キラキラと光り輝くお城を前に、ゴクリと唾を飲み込んでいた。

 

「海、あんまし表に出るな」

 

 そんな海を、俺は勢いよく草むらに引っ張る。海はあまりに警戒心が無さ過ぎる。ここが何をする場所なのか分かっていないから、仕方がないのかもしれない。けれど、もしこんな場所に子供が居るのがバレたら、一体どんな面倒な事になるかしれない。

 

 俺は俺の掌で簡単に包み込めてしまった海の手首に、なんとも言えない感情を抱きながら、更に自分の方へと海を引っ張る。

 もっと、傍に居て欲しい。ギラギラした楽園の光が、俺の心をいつもよりギラギラとさせた。

 

「どうして隠れるの?」

「見つかったら面倒やけん」

「ここには誰かいるのかな?王様?」

「……いやな、大人」

 

 王様?なんて無邪気な答えを返してくる海に、俺は何と言って良いモノかと悩んだ。悩んで、結局上手い言葉は出てこなかった。

 

「海、来たけど……ここで何ばすっと?」

 

 気まずくて話を逸らすように尋ねると、海は酷く困ってしまったようだった。ここに来れば好きな人と一生いっしょに居られると聞いて、俺と来た。けれど、何をすれば良いのかまでは分からない。

 

 海のそんな思考が全て読み取れる表情に、俺のギラギラした心が更にドスドスと嫌な音を立て始める。夜とは言え、夏は暑い。汗が、出る。

 

「えっと、お城の中に入ってみる?」

「ここ、子供だけじゃ入られん」

「そうなの?」

 

 ピカピカと光る電飾の光が、無垢な海の横顔を照らす。楽園という、大人達の汚い欲望にまみれた場所と、純粋無垢な俺の天使が、そこには居た。

 

 楽園。確かに今ならそう思えるかもしれない。

 海が居る。海、俺の天使。だったら、ここは今まさに俺にとっても楽園になった。

 

「どうしよう、じゃあお祈りして、かえ……」

「海?」

 

 一台の車が、山道を上がってきた。そして、お城の外の駐車場に止まるのを見た瞬間、海の表情がそれまでとはハッキリと異なるモノとなった。

 それまで温かかった海の手は、スッと体温が引き、夏の熱さで火照っていた海の頬は、一気に白くなる。

 

「海、どげんした?」

「……」

 

 海の視線の先を見ると、そこには楽園に来た男と女が居た。

 その瞬間、父親が女の上にまたがり、一心不乱に腰を振る吐き気を催すような光景が目に浮かぶ。アイツらも、これからアレをするのだ。

 

 二人は並んで車から降りると、なんと女はその男に抱き着いた。抱き着いて、男の口にキスをする。

 その光景を、海は茫然とした様子で見ている。

 

「海!」

「……」

 

 呼んでも返事はない。

男は外にも関わらず女の腰を抱きしめ、挙句に体中をまさぐり始めた。ここは外なのに、気持ちの悪い奴らだ。そして、そのまま二人は並んで楽園の中へと消えていく。

 

気色悪い。

 

「……おい、海」

「……」

「海!」

「……あ」

 

 

 あの男女の行為が、余りにも気持ち悪かったのだろう。

 俺の呼ぶ声に、海はやっとの事で反応すると、震える体で俺の方へと向き直ってきた。

 

 あぁ、やっぱり来るんじゃなかった。

 海は大人達の気持ちの悪い光景に、具合が悪くなってしまったのだ。そう、その時の俺は思った。

 

「海。あんかつ、あんま見んな」

「……なんで?」

「あげんかつ、気持ち悪かろうが」

「あげんかつって、さっきの二人がしてたやつ?」

 

 そうだ。

 気持ち悪い大人達が行う、気持ち悪くて吐き気を催すような行為。裸で抱き合い、繋がり合う気持ちの悪い光景が、俺の頭を掠める。もう、いやだ。

 

「海、もうここはよかやろ。もう帰ろうばい」

 

 俺は吐き気を抑え、必死に口にした。けれど、何故だろう。そんな俺以上に必死な様子で、海は俺の方を見ていた。先程まで真っ白だった頬が、熱に浮かされたようにピンクに色付いている。掴んだ手も、先程まであんなに体温を失っていたのに、今や温もりを取り戻すどころか――

 

 熱い。

 

「……へいちゃん。お、お、おねがい」

 

 なんだ、海。

 俺に、何をして欲しい。

 お前の言う事なら、俺は何でもする。

 

——あそこに好きな人と一緒に行くと、一生いっしょに居られるんだって!すごいよね!

 

 海の嬉しそうな声が、俺の耳の奥に響く。

 震える海の声。そんな海に、俺は体ごと海の方へと向きなおる。今は夏だ。暑い。汗が体中から流れ落ちる感覚が気持ち悪い。

 

 あぁ、これって夏だから……こんなに熱いのか。

 

「さっきの、ぼ、僕とも……して」

「は?」

 

 ギラギラとしたいやらしい光に照らされる海。上気した頬。潤む瞳。ハクハクと震える唇から漏れる吐息。

あぁ、腹の下が熱い。ここは何だ。瞬間的に過るのは、クソ親父が、女の股に突っ込んでいた場所。汚い場所。そこが、俺も熱い。

 

 アレをする?俺と海で?

 あんな汚くて、いやらしくて気色の悪い事を?

 

 そんなの、絶対に――。

 

「お、お、お城の、中には、まだ入れないかも、しれないけど」

「海?」

「あの人達が、してたのを、マネすれば、きっと一生いっしょにいれる」

「……」

 

 はぁ、はぁ。

 俺まで呼吸が変になる。暑いし、苦しい。

 そして、次の瞬間。俺の天使は、とんでもなく、いやらしい顔で言った。

 

「へいちゃん。へいちゃんは、僕と一生いっしょに居てよぉ」

「!」

 

 タラリと、汗が一筋体から流れ落ちるのを感じた。もう、限界だった。

 

「っんぅ」

「っ」

 

 いつの間にか、俺は海の唇に噛みついていた。やり方は何となく分かっていた。吐き気がするほど気持ち悪い父親と知らぬ女の行為を、俺は幾度となく目にしてきたのだから。

 けれど、きっとそんなの知らなくても俺はこうしたと思う。腹の下にある疼きが「こうしろ」と俺に命令するのだ。

 海が目を閉じた。俺は目を閉じない。少しでも海を見ていたかったからだ。

 

 海、海、海、うみ。

 あぁ、かわいい。かわいい、かわいい。

俺の世界から、海以外消えてなくなればいいのに。

 

ふっ、ふっと言う海の必死な呼吸が、俺の顔に当たる。噛みつくように塞いだ唇の端から、どちらのかわからない唾液が漏れた。

 

 もったいない。

俺は、一旦、唇を離すと、海の口の端から垂れていた唾液をベロリ舐めた。すると、まるで海が「もっと」とでも言うように、俺の口へと自らの唇を添えてくる。

 

 たまらない。

 

「っはぅ」

「っん」

 

 俺はもう完全に海との行為に没頭していしまい、体重をどんどんと海の方へとかけていった。そのせいで、海がペタンと地面に尻もちをつく。

 けれど、それでも俺の勢いは一切留まる所をしらなかった。

 

 さっきの男や、俺の親父がしていたように、海の体の様々な場所を触る。普段は絶対に触らないような場所も、全部、触れる。

 最初はくすぐったそうな反応を見せていた海が、次第に気持ちよさそうに体をピクピクし始めた。

 

 かわいい。海が、世界で、一番かわいい。

 

「う、み」

「へいちゃ、」

 

 

 一旦、口を離す。海の声が聴きたかったのだ。離れてお互いの名前を呼んで、でも、すぐに俺は我慢できずに海の唇を塞いだ。

 

 もう、そこからは一体どのくらいの時間、二人で口をくっつけていたか分からない。

 

分からないが、最後に俺は、自身の勢いを止められず、完全に海を地面に押し倒していた。この体勢、親父と知らない女がしていた体制と、まったく同じだ。俺は海の体の上から、海の体の至る所に触れて回った。もう服の下に手を突っ込む。

 

俺が熱を持った場所と同じ場所に、触れてみる。ズボンの中のソコは、汗と肌の熱さで掌にペタペタとくっついた。ただ、どうやら海のは、まだ俺のみたいにはなっていなかった。

 

もしかしたら、海は可愛いから、親父や俺のように汚くはならないのかもしれない。

そう、その時の俺は本気でそんな事を思っていた。馬鹿だ。けれど、俺は今でもそう思うのだ。海のソレと、俺のは……別の生き物だ、と。

 

柔らかい海のソレを大事に大事に触れた。

可愛い、可愛い俺の天使。

 

ここは、楽園だ。

 

「……っはっは、へい、ちゃん。あつ、いよ」

「うみ、うみ……うみっ」

 

 最後には、俺は海の顔の肩の間に顔をくっつけて、ひたすらに熱い息を漏らした。漏らしながら、必死に固くなった自分のズボンの中のモノに触れる。

 

俺は何度も、何度も苦しそうに海の名前を呼んだ。呼び続けた。

 そんな俺の背中にそっと海の温かい両腕が回される。回されて、俺は自身の耳元で海は初めての誘いをするのを聞いた。

 

「へいちゃ、今日、かえらないで。うちに、とまって」

 

 その瞬間、俺のズボンの中の掌に、何かが出た。熱い、液体。それと同時に俺は、ビクビクと体が跳ねるのを止められなかった。

 変に力の抜ける体と、ただただ満たされるような感覚に、俺は海の体にその身を預けながら「あぁ」と、静かに頷いた。

 

 

今思い出しても満たされる。

それは、抑え込もうとして到底抑え切れない、俺の性の強い目覚めだった。

 

 

 

 

 


たぶん、続く。

次回は、中学1年生か2年生くらい(ヤバそう)