34:金策クエスト受注!

 

 

「あの!すみません!」

「あん?」

 

 気付いたら、既に声をかけていた。いや、叫んだと言った方がいいかもしれない。

 でも、それくらいしなければ、大声で親子喧嘩を行うコイツらの耳には、俺の声など届かなかっただろう。なにせ、客の前にも関わらずこの口喧嘩だ。

 

 ただ、客は一切意に介した様子はない。常連なのか、二人の喧嘩には慣れっこなのだろう。

 

「ちょっと、いいですか」

 

 接客など一切向いていなさそうな店主が、目を丸くして俺の方を見てきた。それに続き、この店主の息子らしき若い男の視線も重なる。

 

 両者共に体がデカ過ぎて、圧が凄い。

 

「お客さん。ちょっと今、取り込んでますんで。好きな席に座って待っててもらっていいですかねぇ?」

「……おい、親父。コイツ人間だぞ」

「なに?」

 

 息子らしきエルフが、俺に怪訝そうな目を向ける。すると、息子の言葉を受けた父親の視線が、俺の一般的な丸みを帯びた耳へと向けられた。

 もしや、ここは人間お断りの店なのだろうか。いや、まぁいい。どちらにせよ、俺は客ではない。

 

「今晩だけ、俺をここの給仕として雇いませんか」

「はぁ?」

「急に何言ってんだ。テメェ」

 

 何か文句を言われる前に、こちらの要望を一方的に投げつける。正直、相手が屈強過ぎて、内心ビビリ散らかしているが……声だけなら、俺は誤魔化せる。ハッタリを通せる。

 

 声優って、つまりは、そういう仕事だ。

 

「今、貴方方は手が足りてないんですよね?だったら、“今”、決めてください。俺も時間が無い。俺を今晩だけ雇うのかどうか。給金は……まぁ、俺の働きぶりで、そちらが決めてもらって構いません。使えなかったら、途中で追い出してください」

 

 「さぁ、どうします?」と、俺は息子の方ではなく、父親の方らしきエルフに一歩詰め寄る。なんとなく、父親の方が息子より、より脳筋そうに見えたからだ。

 

 相手に考える隙なんてやらない。人間だから雇いたくないという、差別的な感情を挟む隙を与えない為だ。

 

「こう見えて、俺は給仕の経験が、七ね……いか、かなりあります。使えない事はないと思いますけど」

「そ、そうなのか」

「おい、親父!何言ってんだ!」

 

 最初、七年と具体的な数字を口にしそうになって……やめた。

 通常の面接ならば、もちろん経験年数を具体的に示す方が効果的だろう。しかし、なにせここに居るのは、“長命な”エルフ達だ。

 時間感覚が異なる相手に、正確な数値はむしろ逆効果に違いない。

 

「はぁ!?たった七年?そんなの未経験みたてぇなモンじゃねぇか!」なんて、俺の学生以外のアルバイト人生を“一瞬”扱いされたら、それはそれで業腹である。

 

「そちらが俺を一日だけ雇う事に対して躊躇う余地ってありますか?人手が足りないところに、給仕経験のある人間が自ら名乗り出た。使えなかったら追い出せばいい。賃金もそちらの判断に任せる。そちらにとって不利な条件ってあります?」

「確かに……」

「でしょう?」

 

 脳筋店主に、ともかく言葉投げに投げる投げる。投げ付けまくる!俺の淡々とした言葉以外で、余計な思考を挟ませない為に。

 

「でも、テメェは人間だろうが!」

 

 すると、良いタイミングで息子の方が脇から水を差してきた。そのせいで、先程まで俺の言葉で、思考の止まっていた父親の方の目に「それもそうだ」という、否定の色が濃くなる。

 

 本当に丁度良かった。ここまで押したら、もういい。俺の声は、ここで引こう。ここが引き際。緩め時だ。

 

「そうですか。じゃあ、俺は別の店に行きます」

「は?」

「だって人間だからダメなんでしょう?それなら俺はここでは働けませんからね。この時間帯なら、どこも人手は足りてませんし、他を当たります。きっとすぐ見つかるでしょう。じゃ、頑張ってください。健闘を祈ります」

 

 そう、俺が勢いよく背を向けた時だった。

 

「待て!」

「おい、親父っ!?」

 

 はい、完全に予想通り。押してもダメなら、引いてみろ。さすが脳筋。ありがとう脳筋。

 

「もう、お前ぇは黙ってろ!!ともかく今は手が要るんだ!」

「でも、人間だぞ!客が減ったら意味ねぇだろうが!」

「そこは……耳を、いや、顔を隠させる!」

「はぁっ!?」

「あれ!豊作祭用の犬の被りモンが、裏にあっただろ!あれを被せてやる!」

「それはそれでどうなんだ!?」

 

 うん、それはそれでどうなんだ。

 息子の突っ込みと、俺の心境がガチ被りする。しかし、次の瞬間、俺の肩には物凄い勢いで衝撃が走っていた。

 

「オイ、さっさと来い!四十秒で支度しな!」

 

 その瞬間、その懐かし過ぎるアニメの台詞に、俺の中に津波のような郷愁の想いが蘇った。