———
——
—-
どうやら、俺はとんでもない馬鹿の店で働く事になったらしい。
「なんだァ!親父!今日はお前ら、おもしれぇ格好してんじゃねーか!」
「おっ、シバもか!この店だけ、一足早く豊作祭でもやる気かよ?」
「ぶははっ!給仕も同じ格好してらぁ!」
ザワつく店内。
客入りがどんどん激しくなる。今や、席はほぼ満席と言って良かった。そして、店に来た客達は皆揃って同じような事を言う。
「なんだァ!その犬の被りモンは!」
それもその筈。今、俺は妙にリアルな犬の被りモノで、すっぽりとその顔を覆い隠されているのだ。それにしても、この被りモノ。毛の色味と耳の具合から、柴犬か何かだったと思う。まぁ、被ってしまった今となっては、最早確認する事も叶わないが。
『こっから、絶対にコレを外すんじゃねぇぞ!いいか!分かったな!?』
いやいやいやいや!
客にツッコむなという方が無理な話だし、俺だってツッコみたい事、山の如しだ。しかも、コレを被っているのは俺だけではない。
「うるせぇっ!俺も好きで付けてんじゃねぇよ!ンなもん!」
「あはははっ!だろうなぁ!どうせ、また親父の思い付きだろ!」
「おうおう、よく分かってるじゃねぇか!俺のご機嫌な考えだ!」
「俺らも、この店との付き合いはなげぇからな!」
これが、あの脳筋親父の言っていた“人間隠し”の方法らしい。ソレは一体どうなんだと思っていたら、本当にどうかしている代物を持って来た。
「っくそ、外見えずらっ!……と、仲本聡志は被り物の隙間から、店内を見渡し毒づいた」
なんでもこんなモンがあるんだとツッコミたくなるような、謎に精巧な犬の被り物をもってきた脳筋親父は、立ち尽くす俺に、容赦なくコレをかぶせてきたのだ。どうやら、クリプラントの秋の収穫祭では、こういったモノを使う祭りがあるらしい。
いや、完全に此方側でいうところのハロウィンじゃねぇか。
「うるせぇっ!俺も好きで付けてんじゃねぇよ!クソッ!やりずれぇっ!おい!ニン……ポチ!来い!上がりだ!」
「はいっ!」
開かれた厨房から、シバの怒声が響く。
シバというのは、あの脳筋親父の息子の方の名前だ。そして、シバの顔に被せられているのは、シベリアンハスキーのような犬の被り物である。
「……俺のと交換してやりてぇ」
名前を聞いた時、俺は思わずそう思った。むしろ、今も尚ずっと思い続けている。チラとシバの脇を見ると、更にガタイの良いドーベルマンが居る。もう、何が何だか、である。
「ポチ!これも一緒に持ってけ!」
「はい!」
もちろん、ドーベルマンの方は脳筋親父なのだが……まぁそうだ。全ての発案者が、このドーベルマン親父なのだ。
「四十秒で支度しな」と、俺を懐かしさの奈落に突き落としたこの男は、なんと自分達まで被り物をすると言い出した。どうやら、犬の被り物をした俺を見て、自分もかぶりたくなったらしい。
なんとも愉快な親父である。別に褒めてない。皮肉だ。
『だってよぉ!コイツだけ被ってたら、説明がメンドーだろ!この際、俺らもかぶるぞ!シバ!』
『はぁっ!?』
『いいじゃねぇか!そうすりゃ、“そういう日”って事で誤魔化せる!それに、なんか祭りみてぇで楽しいじゃねぇか!』
と言う訳だ。うん、どういう訳だ。言ってて、俺も訳がわからなくなっていた。
「お待たせしました!」
「おう、ポチ!偉いじゃねぇか!撫でてやる!頭寄越せ!」
「あ……ありがとうございます」
料理を運ぶと、決まって客から、被り物の頭をワシャワシャと撫でられる。エルフ達の中では、俺は若干小柄なせいもあり、完全に犬のマスコット扱いだ。ここまで来たら、ワンとでも鳴いてやろうか。
「いや、止めておこう。こんな格好をしていても、さすがに人間としての矜持くらいは守りたい。そう、仲本聡志は安定しない視界で、深く溜息を吐いた……くそ、あちぃ」
ちなみに、ポチと言うのは俺のここでの呼び名だ。
犬の被り物を無理やり被らされた後、思い出したように名前を聞かれたので、テキトーにそう答えておいた。わざわざ本名を名乗る謂れもないし、何と言っても今日一日だけの付き合いだ。
「……空いてる皿も下げさせて頂きます。あ、盃も空いてるようですが、追加のお酒はどうされますか?」
「ポチィ!お前よく分かってんじゃねぇか!麦酒!樽で!」
「……ハイ。大盃でお持ちします」
酔っ払いのテンション、ほんとにクソダリィ。
まぁ、コレは世界が違えど、向こうもこっちも似たようなモノだ。久々過ぎて「あぁ、こういうテンションだったな」と懐かしさを覚えるくらいの余裕はある。
そう、確かにこの店は忙しいが、この忙しさは、まぁ、別にどうって事はない。普通だ。
「空いた皿置きます!あと、注文入ったんで、麦酒、大で作って持って行きますので!」
「おっ、おう。出来んのか?」
「シバさんのやり方を見てたので、多分、大丈夫です!イケます!」
「おい、ポチ!デカした!あと、皿がもうねぇ!」
「まだ回収できそうなのあるんで、取ってきます!」
あぁ、こういう雑音の中、通すように声を張るのも久々だ。ずっと、一人でイーサの部屋守ばかりしていたせいもあって、周囲を見て体を動かすというのも、意外に新鮮で楽しく思えた。
まぁ、毎日やってた時は、もう勘弁してくれと思っていたモノだが。
「ポチ!料理出来たぞ!」
「はい!」
「ポチ!注文だ!」
「はい!ただいま!」
「ポチちゃーん!いらっしゃーい!撫でてあげる!」
「すぐに!」
そうやって、俺がしばらくクルクルと店中を走り回っている時だ。それまで響いていた声質とは全く違う声が、店中に響き渡った。