37:絶賛反抗期男子!

 

 

 反抗期は、大人になるまでの間に、二回はあると言われている。

 

 

「仲本聡志は、麻袋に入れて手渡された、銀貨と銅貨、そして数種類の紙幣を眺めながら思考した」

 

 その二回を経て、人の心は成長していくらしい。言わば、“反抗期は心の成長痛なのです”、とかなんとか。

 高校の家庭科の時間に、右から左に聞き流していた知識を、まさかここに来て掘り起こす事になろうとは思いもしなかった。

 

「えーと、銀貨一枚、銅貨八枚、紙幣……えっと、この絵のヤツが……」

 

 まず、第一弾目が、乳幼児期に起こる反抗期。

 俗にいう「イヤイヤ期」だ。ともかく、これは自己主張の一種で、それまで周囲のなすがまま、されるがままだった幼児に、突然芽生える“自我”だ。

 

 そして、イーサがまさに“←イマココ”状態でもある。

 

        〇

 

『なぁ、イーサ?』

コン。

 

『イーサ?あの、このネックレスさ。やっぱ返すよ。俺にはもったいなさ過ぎる』

コンコン。

 

『そう言わず……どうか、扉を開けてくれませんか?王子様』

コンコン。コンコン。

 

『いや。嫌じゃなくてさ。だって、ほら。イーサ。俺、こんな高そうなモノ貰えないよ。だって、貰う理由がないし』

ドンドンドンドン!バン!バン!

 

『おい!嫌じゃねぇだろ!急に癇癪を起すな!つーか、このネックレスは何だ!こんな、立派な国章までついて!絶対、人にやっちゃダメなやつだろ!?まったく、ダメじゃないか!こんな大切そうなモノを、そうポンポン他人にやったら!』

バタバタバタバタ!ガタガタガタ!

 

『は?ちょっ!なんだよ、その音!絶対に床で寝転がってバタバタしてんだろ!?汚いからやめろよ!王子様だろ!?おい!イーサ!癇癪ばっかり起こすな!ちゃんと俺の話を聞け!』

 

 聴けーーーー!!

 ドンドンドンドン!!

 

        〇

 

 と、こんな調子だ。

 つい最近、少しだけ“イヤイヤ期”も納まりかけてきたようだったのに、まだまだ油断ならない。

 これが成長期第一弾の反抗期である。

 

 

「んー。この給金って。これって一般的に考えて……どうなんだ?なんか、いっぱい貰ったような気もするんだよなぁ。……まぁ、普通くらいは貰えたって事でいいのか?まぁ、多く貰ったって事はないだろうし」

 

 そして、二弾目が十代前半から中盤にかけてやってくる反抗期。

 所謂、思春期、というヤツだ。

 

 そして、本人が過去を思い出した時に、一番頭を抱えてしまうのがこの時期とも言える。だいたい、黒歴史を形成するのもこの時期だ。

 かくいう俺も、昔……いや、この回想は無駄に傷を抉るだけだ。やめておこう。

 

「うーん。まぁ、いいか!貰ったモンが全部なワケだし。じゃあ、コレを持って明日の夜、また買い出しに行こう!」

 

 そして、思春期による反抗期の発露の仕方は、そりゃあもう人それぞれだ。百人居たら、きっと百通りの反抗期の形があるに違いない。

 

 しかし、とは言っても、だ。

 自分や周囲のソレを思い出すと、思春期という病巣のもたらす症状は、だいたい似たり寄ったりだった気もする。

 

 その身の内に宿る、不満や苛立ちから生成された、膨大なるストレスと言う名のエネルギーの凝縮体。それを思い切り発散させる主な方法は、そうだな。

 

 暴言、暴力、無視、口答え。

 大体発散相手は、親や教師など、周囲の“大人”と呼ばれる奴らだ。

 そこから、大人達が「やってはいけない」と言ってくるものを、片っ端からやりはじめる。

 

 

 そう、例えば……夜遊び、とか。

 

 

        〇

 

 

『今日は楽しもうねーー!人生なんていつ終わるかわかんないしー!いつ死んでもいいように、今日もいっぱい飲むよーー!ひゃっはーー!』

 

 麦酒 大盃にて一。

 米墨冷酒 大器にて一。

 

 ほろ酔い状態に入る。

 

『へぇ。きみぃ、ポチ君って言うんだぁ。よく働いてて、エラいねぇ。ウチで飼ったげよっか?』

 

 高級葡萄酒シロ 発砲割、水割りにて。瓶ごと全て飲み干す。

 水を勧めるも断られる。

 

 ほろ酔いが進行し、酩酊初期に片足をつっこむ。

 

『注文し過ぎじゃないかって?ヘーキ、ヘーキ!なんなら、此処に居る奴ら全員の飲み代だって払えるよーん!だって、ウチ金持ちだからねー!え?家は何をしてるのかって?それは、ひ・み・つー!』

 

 果実酒 ミノン。ミルク割。 大盃にて一。

 大麦蒸留酒 ロック。小器にて三。

 

 酩酊期が加速度的に進行す。

 

『えぇ?怒られないのかって?怒られるもなにも、あの家で俺のコト気にしてるヤツなんか一人も居ないしぃ。あーぁ。サミシーサミシー。だから、こーして毎晩、ぬくもりを求めて夜の街をさまよっちゃうんだー!え?カノジョたち?さっきそこで運命的に出会ったんだよ?いぇーい!皆、飲んでるーーー!?』

 

 此処に来てやっとつまみに手を付ける。

 

 ただ、燻製肉、一欠片のみ。

 高級葡萄酒アカ 瓶ごと注文するも、ペースは落ちる。

 

 酩酊期後期、もう呂律も意識もぶっとぶ直前。

 酒と偽って水を渡す。気付かず、美味い酒だと飲み干す。

 

 

『最近、特に仕事でイライラしちゃっててさぁ……ナゼかさぁ、イライラすると、いっしょにサミシくなっちゃうんだよぉ。だから、一匹、キミみたいに従順なワンちゃんでも飼って、気を紛らわそうかなーって……あー、でもやっぱ止めとく。今、おれぇ、家にはあんま帰れないからなぁ。お世話できないしぃ。それに……ワンちゃんってすぐ死んじゃうからねぇ。前、飼ってたワンちゃんも……うぅぅうっ』

 

締めに注文した、麦の大盃には殆ど手を付けず、大泣きしながら、俺の体に抱き着いて爆睡。

その後、二人のセクシーなエルフの女は『じゃーねー!』と、ちゃっかり退席。

 

『くぅ、くぅ』

『ちょっ!えっ!?どーすんのこの人!?』

 

 ナニナニナニナニーーーー!?

 これ、一体どうすんの!?

 

 

        〇

 

 と、まぁ。

 まぁ「イヤイヤ期」に、知恵と行動力が付いてパワーアップしたものが、思春期の反抗期だ。いやぁ、性質が悪い。

 

「さて、金はコレでいいとして。何を買うべきかは……まぁ、テザー先輩に聞けばいいだろ」

 

 俺は麻袋の中に、全ての金銭を仕舞いこむと、隊服の内ポケットへと仕舞いこんだ。そうそう、腰から掛けて街に下り、スられでもしたら大変だ。

 

「……そろそろ、来る頃だと思うんだけどなぁ」

 

 日の傾き具合からいって、そろそろ日中の訓練も終わる頃だ。

 そう、俺が自室の扉に目をやった時だった。

 

 バタン!!!

 

 激しい殴打音と共に、部屋の扉が勢いよく開く。

 

「あ」

「おいっ!!」

 

 そこには、充血した目をこれでもかというほど見開き、目の下にドッシリとしたクマを携えた……いつもの、美しい姿のテザー先輩が居た。

 

「貴様っ!昨日の夜、一体俺に何をしたっ!?」

「……あー、何をしたっていうか」

 

 何をしただろうか。さて、記憶を辿ってみよう。

 

「えっと、先輩を風呂に入れて、此処まで運びました」

「……なん、だと?」

 あぁ、そうだ。

 酔いつぶれたテザー先輩が俺に抱き着いたまま、寝ゲロしたモンだから、店の親父の温情で、シャワーを借りたのだ。

さすがに、テザー先輩の面倒は俺一人では無理だったので、シバの手も借りて。

 

『はぁ!?こんなヤツ捨てときゃいいだろ!?』

『んなワケいくか!?ソイツぁ、うちの大得意様だろうが!さっさと風呂に入れてやれ!シバ!ポチ!』

『あぁぁぁっ!もうクソが!ポチ!テメェはそっちを持て!』

『……はい』

 

 確か、そんな経緯だった筈だ。

そうそう。シャワー中、テザー先輩の、朱色に染められた髪の毛や、独特な化粧が綺麗に流れ落ちる事で現れたその透き通った美しい素顔に、シバはそりゃあもう驚いていた。

 

俺はと言えば「やっぱりか」と言った気分だったが。

 

 

「先輩、めっちゃ重かったんですよ。ほんと、感謝してください」

「っ説明しろ!?お前……昨日の晩、どこに居た……?」

「どこって……」

 

 その問いに答えるべく、俺は、何故か真っ青な顔で此方を見てくるテザー先輩に、きちんと体ごと向き直った。

腹式呼吸をしよう。そして、背筋を伸ばせ。顎を引け。

声を出すには姿勢も重要だ。

 

 今日一日の、俺の練習の成果を見よ。

 さぁ、俺の声を聴け!

 

 

『今日は楽しもうねーー!人生なんていつ終わるかわかんないしー!』

 

 

 その瞬間、テザー先輩の目が絶望の色に染まるのを、俺は愉快な気持ちで見ていた。

 あぁ、やっぱり、この声は独特で真似しにくい。

 

 けれど、俺に真似できない声はない。

 

『いつ死んでもいいように、今日もいっぱい飲むよーー!ひゃっはーー!』

そう、仲本聡志は得意気に胸を張ったのだった。