あれ?この人、こんなキャラだったっけ。
「俺の家は、代々王家の側仕えに就く貴族の名家の一つだ。お前も知っているだろう。ステーブル家という」
「あ、あの。そう言うのいいんで、あの、訓練に必要なモノが何か教えてもらっていいですか」
「ちなみに、」
「あ、続ける感じですか」
現在、俺はテザー先輩と並んで、再び夜の街へと下りていた。
ここに至るまでの道中、先輩は普段の寡黙さからは全く想像できないような饒舌さで、聞いてもいない事をベラベラと喋り続けている。
マジで。ほんと、俺は何も聞いちゃいないのに、だ。
「仲本聡志は、隣を歩くお綺麗な顔のエルフの尖った耳が、未だにほんのりと色付いているのを見逃さなかった」
わかる、わかるさ。
なにか照れくさかったり、後ろめたかったりする時ほど、聞かれてもいない事をベラベラ喋ってしまうモノだ。
いや、それにしたって、“あの”寡黙な上に、クールで誰も寄せ付けない、いつものテザー先輩からは想像もつかない。だって、「ひゃっはー!」って言ってたからね。「ひゃっはー!」って。
いや、ホント。どっちが本当の先輩のキャラなんだろうか。
「俺はステーブル家の現当主の、十三番目の子供だ。八男五女。跡目の相続順位としては、八番目という事になる」
八男五女だって?計十三人?そりゃあ凄い。日本なら大家族の番組が取材に来そうなレベルじゃないか。
「それは……お父さんもスゲェけど、お母さんも大変だったろうな。十三人も」
「は?何を言っている。母親は全員違うに決まっているだろうが」
「え、あ。そうなんすね」
「……まったく。俺達エルフを、お前ら人間のような多産早死の生き物と一緒にするな」
「多産って?別に人間だってそんなに子供は産みませんよ」
犬や猫じゃあるまいし。
そう、テザー先輩の言葉に、俺は思わず首を傾げた。
エルフからすれば確かに早死にと言われても仕方がないが、人間はそれほど多産という訳でもないと思うが。
「お前……ゲットー出身とは言え、さすがにモノを知らなさ過ぎだろう。エルフの出産適齢期は寿命に反して非常に短い。それに、一人のエルフが生涯のうちに産める子供の数は基本一人だ。稀に二人産む者も居るには居るが、あまりにも体への負荷が大きすぎるからな。推奨されない」
なんと。長命なエルフに、まさかそんな特性があったとは。
エルフというのは、俺が思っている以上に、人間とは別の生き物なのだと、その時改めて思い知った。
だとすれば、テザー先輩の家は十三人の奥さんと、それぞれに一人ずつ子供が居るという事になる。……それは、それは。
「色々と複雑そうな家庭っすね」
「なにが複雑なものか。王族、貴族、名だたる軍家と呼ばれる名家は、だいたいそんなモノだ。別にウチが特別な訳ではない」
「へぇ。ソレが“普通”ねぇ」
「あぁ、そうだ」
——–あの家で俺の事気にしてるヤツなんか一人も居ないしぃ。あーぁ。サミシーサミシー。
そう、昨日の先輩の言葉が頭を過る。
隣を歩くテザー先輩に目をやると、先輩は感情の読み取れない目でまっすぐと前だけを見ていた。そうだ。そういえば、昨日はこの涼し気な目元に、真っ赤なアイラインが引かれていたのだ。思い出してしまうと、なにやら揶揄いたくなってきた。
ちょうど耳の赤みも取れている事だし、また赤くしてやろうじゃないか。
「じゃあ、末の末の末端の子供に生まれたテザー先輩は、家族に相手にされない不満から、あんな風に“夜遊び”をするようになったんですか」
「そうだ」
俺が揶揄するような口調で尋ねてみると、予想外にもアッサリとした回答が返ってきた。そして、それまで前だけを見ていたテザー先輩の目が、チラと俺の方へと向けられる。
「なんだ、その顔は」
「いいえ。つまらないなと思っただけです」
「っは。昨晩、己の不覚で記憶を失くした挙句、今日になって、周囲の連中に昨晩はお前と飲んでいたのか?などと尋ねられた時点で、俺はもう諦めた」
「……そうですか」
どうやら先輩は、俺に対して無理に隠すのは止めたらしい。所以、開き直ったとも言える。
こうして、聞かれてもいない事をベラベラと俺に喋ってくる程だ。むしろ、「王様の耳はロバの耳」の童話の如く、俺の事を、秘密を打ち明ける為の体の良い“穴”だと思っている節すらある。
「いいぞ?バラしたければバラすといい」
「また、そんな事を」
「どうした。俺は構わんが」
まぁ、あの話と違うのは、人間の俺では、周囲のエルフ達に何をどう言いふらした所で、テザー先輩のあんな姿の事など、誰一人信じてくれないだろうという事だ。
それが分かっているからこそ、先輩は何の気のてらいもなく、こうして俺に平気な顔をしていられるのだ。
「さすがに、俺も無駄だと分かっている事なんてしませんよ。むしろ無駄どころか、俺が変人扱いされかねない」
「賢明な判断だな」
きっと、テザー先輩の耳が再び朱に染まる事はないのだろう。あぁ、つまんねぇの。
「それにしても。まさか、あの酒場でお前が飲んでいたとは思わなかった。まったく、よく人間のお前なんかが、入店を許可されたモノだ。確か、あそこの息子は人間嫌いで有名だった筈だが」
「……いやぁ」
先輩は、俺が給仕の“ポチ”だとは、未だに気付いていない。いや。というより、あの時のテザー先輩の泥酔具合は凄まじかったので、記憶が無いのかもしれない。好都合だ。助かった。
これは予想でしかないが、副業とかアルバイトとかって、あの職場では禁止されていそうな気がするのだ。騎士って公務員っぽいし。
わざわざ自分からバラして、怒られる事もない。また水流壁を食らって溺れさせられるのはごめんだ。
「……しかも、俺だとバレるとは。一生の不覚だ。これまで、知り合いに遭遇しても、一度たりともバレた事などなかったというのに」
「……あはは」
声で一発でしたよ、とは中々言い辛い。なにせ、普通の人間なら気付かないだろう。あのテンションの変化は、声で「あれ?テザー先輩?」と瞬時に分かった俺ですら、にわかには信じ難かった。
「これに懲りて、夜遊びは止めたらどうですか?」
「……お前に何が分かる」
「テザー先輩?」
その時、先輩の声がハタと変わった。
淡々と、そしていつもの如く語尾に色気を漂わせていた先輩の声に、僅かな怒気という熱が籠る。そんな声の変化に、俺は「味わい深い声になったな」なんて場違いな感想を抱いてしまった。