45:全部アニメが教えてくれた

 

 

『お母さーん。二人で、ひみつきちに行っていい?』

『……秘密基地?』

 

 俺の言葉に、金弥のお母さんがすかさず尋ねてくる。

 けれど、その時の俺は、既に金弥の手を掴んで自分の方へと引き寄せていた。そろそろ、お母さんから手を離して貰わないと。これじゃあ、ぜんぜん冒険になんて出られやしない。

 

『そう、おれのひみつきち。あっちにある』

『あぁ。心配しないで。うちの庭にある物置の事を勝手にそう呼んでるだけ』

『そうだったの。じゃあ、聡志君。あんまり楽しくないかもしれないけど、少しだけ、うちの子と一緒に遊んでくれる?』

『いいよ。楽しいから』

『……』

 

 ここに至るまで、金弥は一言も喋らなかった。けれど、なんとなく子供ながらに分かっていた。ここから離れれば……いや、母親から離れれば、金弥が口を開くであろう事は。

 俺は、全然力の入っていない金弥の手を握りしめると、そのまま俺の物置と言う名の秘密基地へと走った。

 

早くこの子の名前を聞いて、俺の“仲間”にしなければ!

 

 その時の俺は、そんな訳の分からない理由で、無理やり金弥の手を引いたのだ。

 

『入っていいよ』

『……』

『ほら』

 

 俺が金弥を家の外にある物置へと押し込む。中には、普段は使わない自転車の空気入れや、園芸用の土や石、そしてホースなど、大小様々なモノが置いてあった。

 せせこましく、そして薄暗い。

けれど、まだ四歳の俺にとっては、大人と自分を隔絶する為の、立派な“基地”だった。

 

『ここ。こうやって、しめたら……外に声は聞こえねーよ』

『……』

 

 それでも黙って俯く金弥に、俺は戸を締める為に、離していた金弥の手を再び握りしめた。仲間になる時は、“手”を繋がなきゃいけない。握手だ。そう、これもアニメの主人公が言っていた。

 

 握手は、自分が武器を持っていない事を証明し敵意がない事を示す、親愛の証なのだと。

 

『じゃあ、コソコソ話にする?おかあさんたちにバレないように。そしたら絶対に聞こえないよ』

 

 俺がわざと声を潜めて金弥の耳元で話してやると、それまで何の反応も見せてこなかった金弥が、コクンと小さく頷いた。

 

『ねぇ、名前は?』

『……えっと、えっと』

 

 本当は、金弥のお母さんが言っていたので、この子が“キンヤ”という名前である事は既に知っていた。けれど、そう言うことじゃないのだ。

 

『えっと、って名前なのか?』

『ちがうよ』

 

 揶揄うように言ってやると、ようやく金弥は俯いていた顔をチラと少しだけ上げた。真っ黒で大きな目が、俺の顔をジッと見つめてくる。

 

『きん君の、なまえは、きんや』

 

 きんくん。

 当時、金弥は自分の事を、まだ『きん君』と呼んでいた。きっと、周囲からずっと『きん君』と呼ばれていたのだろう。呼ばれた名前と一人称がごっちゃになる。幼い子供には、よくある事だ。

 

 その自称に対し、俺は金弥のお母さんが『聡志君は自分の事を“俺”って言うのね』と感心したように口にしていたのを思い出した。

 そして、同時にそれを言われた時の金弥の顔も、また。

 

『きんや君……きん君かぁ』

『……う、ん』

 

 俺が金弥の名前を繰り返すように言うと、何故か金弥の眉がヘタリと歪み、再び顔を俯かせ始めた。

あぁ、もう!一体なんだ!イチイチ下を向いてたら、俺が毎回顔を覗き込まなきゃならないくなるじゃないか!

 

『いいじゃん』

『へ?』

 

 俺は急いで、金弥の顔を上へと引っ張った。もちろん、直接、手でやったわけじゃない。言葉で、引っ張ったのだ。

 

『折り紙だと、きんと、ぎんは一枚しか入ってないから、れあ、なんだぜ』

『そう、なの?』

『そうだ!それに、キラキラしてるのもいい。おれは、ぎんより、きんの方が好きだなー。色がかっこいいしさぁ』

『かっこいい?』

『うん、良い名前じゃん!きんやで良かったな!』

 

 俺は金弥を早く“仲間”にしたくて、必死に金弥の名前を褒めた。今思えば、一体どんな褒め方だよと言いたくなる。

 けれど、当時の俺には精一杯の褒め言葉だった。でも、それが功を奏した。

 

『きん君は、良いなまえ?』

『うん。おれと同じくらい良い名前だ』

『さとし君とおなじくらい?』

『そう、おれと同じくらい』

 

 その瞬間、それまで固かった金弥の顔に、ポロリと零れ落ちるような笑みが浮かんだ。

それこそ、キラキラした金色の折り紙のように“レア”で、見ていたらこちらまで幸福になるような笑顔だった。

 

『……っうぁ』

 

それと同時に、俺ばかりが力を込めて繋がっていた手に、金弥の方からもギュッと力が籠められるのを感じた。頼りない見た目とは異なり、握りしめられた手の力強さに、俺は思わず声を上げた。

 

 熱い。繋がった手が、ピタリと隙間なくくっつく。繋いだ手が、ちゃんと握手になった。

 その時こそ、金弥が、俺の“仲間”になった瞬間だった。

 

『っよし!おれは、今から、お前を“キン”って呼ぶぞ!仲間は呼び捨てでおたがいを呼ぶんだ!“くん”なんて付けない!な?いいだろ?』

『なかま?』

『そう!仲間!仲間はな?どこに行くにも、絶対に、いつもいっしょなんだ!楽しい所に行く時も、危ない所に行く時も、悲しい所に行く時も、死ぬまでずーっといっしょ。それが“仲間”!』

 

 そう、アニメの主人公には必ず仲間が居た。

 未知の場所に、強大な敵。冒険には辛い事だってたくさん起こる。でも、主人公は仲間と共にそれら全てを乗り越えていく。仲間が居るから、辛い事だって乗り越えられるのだ。

 

 そう、アニメで色々な主人公が言っていた。

 俺の中の大切な事は、全部、アニメが教えてくれた。

 

『だから、キンは今日からおれの仲間―!』

『っっ!!!』

 

でも、死ぬまでずっと一緒ってのは、さすがに言い過ぎだろう。だって、アニメというのは主人公達の“本当の最後”までは見せてくれないのだ。

けど、そんな事。四歳の俺に、分かるワケもない。

 

『きんくんは、さとし君の……』

『さーとーし!仲間は呼び捨てだって言ったろ?』

『……さとし?』

『うん!』

『……きんくんは、さとしのなかま』

『その通り!』

 

 狭い狭い物置の中。俺達は興奮気味に互いに顔を見合わせていた。手も熱い。顔も熱い。体全体が熱い。薄暗くて、ほこりっぽくて。でも、俺と金弥だけの世界。

俺は金弥の手を握りしめたまま、これから一緒に冒険をしていく仲間として、改めて自己紹介をした。

 

『おれの名前は、仲本 聡志。キン。これからよろしくな』

 

 それは、まるで冒険の始まり。

 アニメの第一話みたいな、そんな出会いだった。