幕間7:クリアデータ7 02:30

 

 

「うっ、うっ、うわぁぁぁっ!何この展開!ちょっと胸熱過ぎるでしょ!ド定番なのに、いや、ド定番だからこそテンション上がりまくりなんですけどっ!……よし、よしよし。ちょっと、一旦落ち着こう。うん、今の私は冷静じゃない。うん、冷静になりましょう!」

 

 上白垣栞は、釘付けになっていた画面から一旦離れると、自身の興奮を落ち着かせるようにコントローラーを置いた。

 そう、あまり興奮し過ぎてしまっては、物語が冷静に追えなくなってしまう。栞は、自身の顔をパン!と勢いよく叩くと、その場から立ち上がった。

 

「うーん、ちょっと疲れたかな」

 

 こうして立ち上がるのも久しぶりだ。

 時間も時間だ。軽くシャワーでも浴びようか。栞は立ち上がったついでに、一旦、小休止を挟む事にした。

 

 そう、あくまで“小”休止である。

 

「……はー。前回イーサから“ご褒美”って言われて手紙にくっついてたネックレス。やっぱり装備してて正解だった。んんーーっ!」

 

 栞は風呂場に向かいながら、うんと両腕を上げ背伸びをした。固まっていた筋が伸びていく感覚が気持ち良い。

 

「っはぁ。装備品としてのメリットが一つもなかったから、装備枠を一つ削ってまで付けるか迷ったけど……やっぱり私の見立ては間違ってなかった。効果のないアイテムなのに、装備出来るって時点で、何かおかしいと思ったのよ」

 

 栞は、「ふむ」と片手を顎に添えながら、イーサから貰ったネックレスのステータス画面を思い浮かべた。

 

 

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【文通相手から貰ったネックレス】

クリプラントの国章の付いたシンプルで綺麗なネックレス。手紙には「ごほうび」と書いてあったけど……。

効果:なし

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「あったけど……。」と、明らかに三点リーダーが意味深過ぎる説明文だ。むしろ、これで何もなかったら意味深過ぎる意味のない文だった事になるのだろうが、隠しキャラのイーサルートで、さすがにソレはなかった。

 

「それに、あのネックレス……絶対に今後、何らかの効果が付与されるハズ。しかもネックレスを贈るって、王族の中じゃ、何か深い意味があるみたいだし……もしかして、プロポーズ?いや、さすがにソレはあんまりよね。チョロ過ぎか」

 

 ブツブツと自問自答しながら、栞は背伸びだけでは物足りず、何度も肩を回した。しかし、どうにもスッキリしない。

 

「ちょっと、本格的に休憩しようかなぁ」

 

 正直、この一時間、ずっとレベル上げの為のダンジョン攻略や、武器やキャラの育成に費やしてきたせいで、一度の伸びや、軽いストレッチだけでは体の凝りは取れそうにない。シャワーで簡単に済まそうとは思っていたが、この際だ。風呂にゆっくりとつかるのもいいかもしれない。

 

「っていうか!多分アレよね。この後のイベントでイーサの初スチルが出るわよね……あぁぁぁっ!楽しみっ!」

 

 栞は高鳴る胸を抑えつけながら、洗面所の鏡に映る自分の姿を見た。この一週間、ほぼ寝ていない割には、肌艶は大したダメージを受けていない。

 

「やっぱ、恋の力は凄いわぁっ」

 

 お陰で、寝不足なんて欠片も感じさせない顔色の自分の姿が、そこにはハッキリと写り込んでいた。

 栞は風呂の運転ボタンを押すと、洗面台の下から、お気に入りの入浴剤や、アロマなど、ともかく自分を癒す為のアイテムを、トントンとリズムよく取り出していった。

 

「好きな人に会うんだから、コンディションは万全に整えないと!二次元で画面の向こうとはいえ、初デートの前よ!気合を入れないと!」

 

 ゲームの中と違って、現実では、魔法一発で全回復という訳にはいかない。自分の体と心に合わせて、普段から何が自分の体力気力を回復させるのか、常にリサーチとアップデートが必要なのだ。

 

 趣味に没頭できる自分を作るのも、一朝一夕で成せる業ではない。

 

「にしても、変装して王宮に忍び込んで?近衛兵に見つかって?逃げ回って、たまたま逃げ隠れた部屋の一室が、イーサの離れの寝所ってさぁ。王様の部屋なのに、警備も誰も居ないんかいって!まったく、ご都合主義過ぎだよねぇ!」

 

 でも好き!

 栞は風呂の戸を開け、半分程湯の溜まった浴槽に、お気に入りのバスソルトと、アロマを一滴だけ、慎重に垂らし入れた。その瞬間、風呂場には柑橘系の爽やかな香りが充満する。

 

「うん。いいじゃない」

 

 香りの癒し効果は抜群だ。

 

「まぁ、イーサは普段大勢の人に囲まれて過ごしてるから、夜くらい一人になりたいんだって手紙にも書いてたしね。うんうん……わかるわかる。一人の時間。オトナには絶対要るわ」

 

 そろそろ風呂の湯が溜まってきた。あとは飲み物でも準備して、風呂の灯りを消せば準備は万端だ。

 栞は着替えの準備の為、再びリビングへと戻ると、止まったままのゲーム画面を見つめた。

 

 

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【???】

そのネックレスは……。まさか、お前が、

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「あぁぁっ、ワクワクする!」

 

 まだ名前こそ【???】とされているが、逆行で顔が見えない状態で映し出されるキャラが【イーサ王】である事は明白だ。

 どうやら、今夜も主人公からの手紙でも待っていたのだろう。画面の中のイーサはベランダのある窓に、体をもたれさせているようだった。

 

 そう、この時点のビジュアルボードが既に美しい。月明かりに照らされたエルフの王は、黄金色の長髪を、しっとりとその身に纏っていた。

 

「……イーサの声、思ったより低かった」

 

 栞はゲーム画面を見つめながら、先程、初めてハッキリと流れたイーサのキャラクターボイスを思い出していた。

思ったよりも低かったイーサの声。その声は、手紙から受ける、少しだけ子供っぽい印象とは大分異なるモノだった。

 

 しかし、

 

「でも、凄く良かった。低くて、落ち着いてて……良い声」

 

 栞は、まだ少ししか聞いていないにも関わらず、酷く耳馴染みのするその声に、静かに目を閉じた。

 そして、ふと思う。

 

「なんとなく……このイーサの声、飯塚さんの声質に似てる気がする。だから、新人だけどこの人が選ばれたのかな」

 

 栞はテーブルの上に置かれた、ゲームのパッケージの裏面を確認した。説明書きの下の方に小さくメイン声優の一覧が掲載されているが、さすがに隠しキャラのイーサは、こんなパッケージの裏面には載っていなかった。

 

「終わったら声優さんも調べてみよ。まぁ、今回は“世代交代”って事で、声優も新人さんが何人も入ってたしね。全員要チェックしないと」

 

 栞はパッケージを机の上に戻すと、キッチンから飲み物を取り、機嫌良く風呂へと向かった。

 

第1章:俺の声は何!?
米騒動
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