80:ユメデンワ

 

 

「なぁ、あも。俺の事は好きか?」

 

 もちろん、あもからの返事はない。

 そりゃあそうだ。言葉を発していたのは聡志なのだから、このあもが喋る筈もない。けれど、イーサはあもを通して、聡志に自身を「好き好き」と言わせるあの行為を、酷く気に入ってしまった。

 

「サトシ、早く眠れ。眠って早く私の元へと来い」

 

——夢電話をしようぜ!

 

 そう、昨晩、イーサは聡志から提案された。けれど、最初、イーサには聡志の言う“ユメデンワ”とやらが何なのか分からなかった。

 

——–ユメデンワ?

——–そう!夢の中で会いたい人と会う魔法だ!

 

しかし、よくよく尋ねてみれば、そういう事かと合点がいった。

 

「まさか、サトシがそんなマナの使い方を提案してくるなんて思わなかった。人間なのに、サトシはよくそんな面白いマナの使い方を思いつく……。むしろ、人間だからこそか?」

 

 イーサは首を傾げながら、床に落ちた自身の髪の毛を一本だけヒョイと引き寄せた。

 

「ふむ、この一本で一晩程は保つか」

 

 イーサ自身から切り離されたとは言え、この髪のマナの濃縮状態は数千年前の高濃度期のマナに匹敵する。

 

 クリプラント王家。

 この世界で、唯一、自身の体内でマナを生成、保有する事の出来る血脈。だからこそ、クリプラント王家は建国以来、一度も他者からその地位を脅かされる事など無かった。常に“王”たる権威性の裏には、圧倒的な“力”が眠っている。

 

 そうでなければ、絶対王政の維持など、いくら正しく清い政治をしていたとしても不可能だ。こればかりは綺麗事ばかりではどうしようもない。

 

「……逢瀬場所はこの部屋にしよう。この部屋ならば、サトシにもイメージさせやすい。ネックレスを頼りにサトシを引きこみ、あとはサトシがこの部屋の戸を叩きさえすれば……ふふ。いいじゃないか。サトシがこの部屋の戸を叩かぬわけがない」

 

 イーサは口元に深い笑みを湛えながら、聡志とのユメデンワの算段を考えた。しかし、ふと目に入った壁の時計に、イーサは眉を顰めた。

 

「……そろそろ、マティックが来る頃か」

 

 口に出してみると、その名はイーサを酷くうんざりさせて仕方が無かった。これから、王になれば、きっとマティックの小言を、毎日嫌という程聞く事になるのだろう。

 

 そして、きっと今ほどの自由は無くなる。

 

「王様など、めんどうだなぁ」

 

 イーサは理解していた。

 これから自身が、マティックからだけでなく、もっと多くの者達から、あーだのこーだの言われつつ王位に就く事を。そして、それは非常に面倒事が多い事も。

 

「マナの減少し続けるこんな国など、放っておけば、どうせそう長くはない。滅びてしまうのもまた一興と思っていたが……」

 

——–じゃあ、イーサが王様になるっていうのはどうだ?

 

 そう、聡志はイーサに言った。王様になれば?と。

 イーサにとって、サトシのその望みは、なんとも意外なモノだった。聡志はどう考えても、イーサの王としての権力になど、欠片も興味などなさそうなのに。

 

「でも。サトシは……俺を……イーサを、王だと言った」

——–イーサはこの国の王様になるんだ。俺はそれを見届けなきゃならない。

 

 そして、事実。

 聡志はイーサに対して、これまで、権力を行使させるようなモノを求めてきた事は、一度たりともなかった。それなのに、

 

「サトシはどうして、」

 

 そんなサトシが、イーサに“王”になる事だけは、ハッキリと望んでくる。否、望むというよりは、それがむしろ“当たり前”であるかのうように口にしてくる。

それが何故なのか。どうしてなのか。イーサは、今までの聡志の行動や言動を全て、脳内に集約した。

 

 

「“イーサ”を王にしたがる?」

——–貴方が王として、国民の前で行うスピーチを聞きたいそうです。

 

 

 マティックの口にした、サトシの言葉が頭を過る。

 他人の気持ちはどう考えても分からない。しかし、昔からイーサは思っていた。分からないからと言って、思考を放棄するのは愚か者のする事だ、と。

考えて考えて、考え抜く。結論の出る問いも、そうでない問いも。全てはその、思考の過程にこそ意味を持つというのに。

 

——–どうやら、サトシは貴方の“声”に、えらく執着がおありのようですよ?

 

「イーサの声が聞きたいと……手紙にも書いてあった。サトシはイーサの声が好きなのか?」

 

 イーサは、自身の指を喉の隆起に触れながら喋ってみた。権力や……それこそ、自身の命にすら執着をみせない聡志が、なぜかイーサの声にだけは、事あるごとに強い執着をみせる。

 

 それは、何故なのか。どうしてなのか。考える。考える。イーサはこれまでの聡志とのやりとりの中で、鍵となる言葉を頭の中で拾い集めていく。

 その中で、一つ。キラキラと輝きを放つ言葉を見つけた。

 

 

——–キン?

 

 

 そう、イーサが初めて聡志に声を聴かせた時、聡志は確かにそう言ったのだ。