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エーイチは、只者ではなかった。そして、俺は本当に只者だった。
俺はいつもそうだ。
俺の価値って、一体どこにあるんだろう。
——–サトシ、ビットやってー!
なぁ、キン。教えてくれよ。
〇
「さーて、休憩時間に入ったところで。僕は“商い”をしてくるよ!」
「……あぁ、いってらっしゃい」
「サトシも一緒にやる?お給金も出すよ?」
「いや、いいよ」
「そっか」
一週間も経てば、炭鉱での共同生活にも慣れてくるもので。
そうして、その奇妙な集団生活は、外界とは異なる、少し変わった社会ルールを作り上げていた。
「はーい!みんなお疲れ様―!濡れタオルが欲しい人―!」
「あぁ、コッチにくれ」
「はーい!三ヴァイスです」
「ほらよ」
「まいどありー」
「おい、エーイチ!こっちもくれー」
「はーい!ただいまー!」
「おい、エーイチ。服と靴下が破れちまったんだけど」
「じゃあ、預かるね。それぞれ五ヴァイスです」
「金取ってくるわ」
「はーい!」
掘削作業の休憩時間。
コロコロとエルフ達の中を駆け回りながらせっせと“商い”に励むエーイチの姿に、俺はただただ関心するしかなかった。
「ホント、商根逞しいなぁ」
どうやらエーイチは、このクリプラントで、“金持ち”になりたいらしい。その為に、孤児だったエーイチは、ゲットーという人間の住まう地域から、自ら志願して兵士になったとか。
——–サトシ?モノや奉仕、情報の価値はどうやって決まるか分かる?
俺はエーイチのしてくる“お金の授業”を思い出しながら、ぼんやりと動き回るエーイチの姿を追った。
どうやら、テザー先輩もエーイチに何かを頼んでいるらしい。その口元を見れば、薄く笑みを浮かべている。
「なんだよ、俺に言ってくれればそのくらいやるのに」
あれ、俺は一体何をこんなにモヤモヤしているんだろうか。
——–相手が、ソレをどのくらい欲しがってくれているかによって決まるんだよ?濡れタオルも、洗濯も、裁縫も。きっと、こんな場所じゃなければ、誰もお金を払って、僕にやって貰おうなんて思わない。
「だいたいさぁ。金、金、金って。金のコトばっか言うのもどうかと思うわ」
俺にはいつだって金が無い。向こうの世界でも、コッチの世界でも。
俺はいっつも「金がねぇなぁ」と、地味に背中に張り付く感情を背負いながら生きてきた。
今なんて、買い物の時にテザー先輩に、一部立て替えてもらった分もあるので、借金がある程だ。だから、今のところ、俺がエーイチに対して金銭を支払って何かを求めた事は、一度だってない。
様々な知識も、苦言も、エーイチに言わせれば“タダ”で恵んで貰ったモノだ。
——–あぁ、あと。商売をするのにはね?信頼関係も大事だよ。特に、僕らみたいに格下の存在って言われている人間が、エルフと対等に商売をしようとしたら、そこが必要不可欠だ。じゃなきゃ、買い叩かれて終わりだもん。
エーイチが言っている事は正しい。
きっと、俺が突然、皆に対し「五ヴァイスで破れた作業着を繕いますよ」なんて言ったら、きっと怒鳴られて笑われた挙句、「黙ってやれ!」と、仕事だけを投げられただろう。
買い叩かれる。
俺にとっては、この一文無しの状況を引き起こしたのが、まさにエルフ達からのソレが原因であった為、中々に耳の痛い話だ。
でも、
「……テザー先輩の分くらいなら、お金なんて貰わなくても、俺がやるのに」
モヤモヤする。
そうだ。俺は先輩には言ったのだ。お金なんか払わなくても、俺がやるよ、と。毎朝うがいの為の雪兎だって貰っているんだ。それくらいお安い御用だというのに。
『いや、いい』
『へ?』
先輩は断った。エーイチに頼むからいい、と。
「なんだよ!俺に懐いて欲しいんじゃなかったのかよ!」
——–あのね?サトシ。この狭い世界のルールを、僕がもう作っちゃったんだよ。奉仕を受けるには、金銭が必要だっていう。当たり前のルールをね。そこに、タダで何の見返りもナシにやりますよ?なんて言われたら、対価を支払わない奉仕行為に、違和感を覚えちゃうのさ。
「でも、俺は……金なんか。いらねぇし」
あぁ、俺はなにをこんなにイライラしているのだろう。皆の中で、笑顔で駆けまわるエーイチの姿に、俺はコツコツと足を鳴らした。
俺は、一体何に対して、こんな……
「おいっ!そこの役立たず!」
「っ!」
すると、次の瞬間。声が響き渡った。“誰か”をバカにする声が。あぁ、誰のことだ?役立たずって。
「テメェだよ!テメェ!この中で役立たずっていやぁ、お前ぇしか居ないだろうが!」
「……」
その声に、俺は“人間”とも、“サトシ”とも、限定する固有名詞を使われているワケでもないのに、とっさに顔を上げてしまった。
“役立たず”
その言葉が、俺の耳の奥で反響する。そう、俺のモヤモヤの原因はソコにあった。
「いいよなぁ、お前は。何もせず座ってるだけでいいんだもんよ!エーイチみたいに可愛げも、役にも立たねぇ!見てるだけでイライラするぜ。なぁ、みんな?」
「……」
そうだ。俺は、ここで圧倒的に“役立たず”なのだ。存在意義を、一つも感じられない。それが、なんとも言えず苦しかった。
日に日に、苦しさが増していく。
「おい、やめておけ。人間相手に、見苦しいぞ」
「……テザー先輩」
「なんだぁ?お前、あんなクソの役にも立たねぇ人間を庇うのか?」
「そういう問題じゃないだろう」
テザー先輩がエルフ達の間に割って入る。チラと俺を見ると、すぐに叫ぶエルフへと対峙した。なんだよ、先輩ってそういうキャラじゃないだろ。
すると、庇いに入ったテザー先輩に対しても、そのエルフ達は鼻で笑ってみせた。
「へぇ。そういや、お前。あの人間とは、仲が良いみてぇだもんな?」
「お前には関係ない」
短く答えるテザー先輩に、そのエルフはとんでもない事を言い始めた。
「分かった。ありゃ、テメェの穴ペットだな?まぁ、それぐらいにしか使い用が思いつかねーわ」
「……黙れ」
「穴っつっても、俺はアレじゃ勃たねーわ。お前も、物好きだなぁ。綺麗な顔してる癖に、とんだゲテモノ好きの変態か」
「……」
エルフの下品な言葉だけが、坑道の中に響き渡る。今、テザー先輩は、一体どんな顔をしているのだろう。
——–このままでは、貴方はイーサ王子の足手まといにしかなりませんよ。
浅い呼吸を繰り返す俺に、マティックの言葉が頭を過った。
「わかってる、わかってるけどさ」
エーイチに反論したように、俺は、自分が人間だからと言ってアイツらより“劣っている”なんて思わない。自分でそんな風に思うのは、間違いだって思ってるから、絶対に思わないようにした。
でも、俺が思っているだけじゃダメなんだ。
——–頼むから、長生きしてくれ。
そうテザー先輩が俺に言ってくれた時、俺は嬉しかった。最初の時とは違って“本当に”そう思ってくれているのが分かったから。それなのに、俺のせいで、先輩までバカにされている。
俺の存在が、先輩やイーサの足手まといになる。
——–ねぇ。サトシ?“人間”っていう元々低い価値に対して、僕たちは一体どうしたらいいと思う?どうやったら、差別という縛りの中から“自由”になれると思う?
「……自由」
そう、それは、俺の大好きなビットが一番望んでいたモノでもあった。
『オレは全部から自由になりたいんだ!自由に生きたい!誰にも、何にも支配されたくないんだ!』
【自由冒険者ビット】
それが、俺の、子供の頃から大好きなアニメのタイトルだ。