——サトシ。がんばってね。
そう、耳の奥で、丸くてふわふわの声が笑うように言った。あもだ。いや、まぁ、俺の声なのだが。まぁ、あもだ。あもって事にしておいて欲しい。
あもは、そのフワフワの手を小さく振ると、イーサのベッドの上にパタリと座り込んだ。どうやら、もうサヨナラの時間らしい。
「うん。おれ、がんばるよ。あも」
そう、俺は笑うあもに手を振り返すと、少しずつ、少しずつ遠のく意識に身を委ね、そして――。
———-
——-
—-
「っ!」
目が覚めた。
なんだか身体がダルイ。
そうやって重い瞼を開いた先に広がった光景は、いつものゴツゴツとした岩肌だった。ただ、周囲は既に煌々とした灯りに照らされており、皆の騒がしい声も当然のように辺りに響き渡っている。
今、何時頃だろう。
「……喉、もう痛くない」
あの、ビリビリとした刺すような痛みが、今ではすっかりと無くなっていた。綺麗サッパリとまではいかない。うがいも、マスクもせずに寝てしまったせいで、喉は乾燥している。でも、逆に言えばそれだけ。
あの、ビリビリとした痺れるような痛みに比べれば全然マシだ。
俺は喉に触れようと右手を首元に持っていったが、革の指輪がそれを邪魔した。
ただ、首輪の下に隠れるネックレスはいつも以上に温かく感じる。いや、少し熱いくらいあるか。
「えっと、どうなったんだっけ」
整理の付かない頭で、ぼんやりと思考する。何か物足りない。何だろう。いつもは、こうして目を覚ますと、真っ先に声を掛けられるのに。
誰に?
——-おはよう、サトシ。今日も凄かったよ。ね、ご、と。
「っ!エーイチ!」
その、いつものエーイチの円い声を記憶の中で反芻させた瞬間、俺は全てを思い出した。
そう、エーイチが倒れたのだ。物凄く苦しそうで、物凄く真っ青で、もしかして死ぬんじゃないのかって――!
「っ!」
そう、俺が気だるい体を横に向けた時だった。
「すぅすぅ」
「えーいち」
俺の隣には、エーイチが規則正しい寝息を立てながら横になっていた。顔色は、やっぱり悪いが、でもあの時よりはマシだ。
「エーイチ……生きてた」
自分でも分かる程、震えた声でそう呟くと、いつの間にか、俺の側にはテザー先輩が立っていた。
「起きたのか?」
「……てざー先輩」
「さすが、王家のネックレスは凄いな」
「え?」
ひょこりと、寝ている俺の側に腰を下ろしたテザー先輩は、遠くを見て軽く片手を上げた。少しだけ体を起こして、テザー先輩の視線の先を見てみると、そこには、先程まで騒がしくしていたエルフ達が、一斉にこちらへと視線を向けていた。
「みんな……」
その目が、どこか心配そうな色を帯びているように感じるのは、俺の希望的観測の招いた都合の良い幻想だろうか。
「俺がお前に話したいと、隊長に言った。そうでなければ、皆してここに殺到しただろうからな」
「……はぁ」
「病み上がりに大勢を相手にするのはキツいじゃん?……お前も、色々と聞きたい事があるっしょ?」
そう、どこか気まずそうな様子でチラと此方に目を向けてきたテザー先輩は、昼と夜の混じった、凄く自然な姿をしていた。
ほんと、いつもそうしていればいいのに。
「何でも聞けよ。……今なら全部答えてやる」
「なら、そうだな」
先輩の言葉を聞きながら、俺は遠くからチラチラと此方の様子を窺う皆に、思わず吹き出しそうになった。どうやら、えらく心配をかけてしまったらしい。
「先輩達は、大丈夫でしたか?」
「……は?」
「俺とエーイチを回復してくれたのは、テザー先輩ですよね。ありがとうございます。運んでくれたのは……誰だろ。皆かな?あとで、お礼を言わないと」
重い体を起こしながら、俺は先輩の隣に腰かける。座っている人の隣で、寝たまま話すなんて、なんだか落ち着かない。そんなのまるで、病人みたいじゃないか。
「礼だなんて……そんないらん前置きはやめろよ」
「前置き?いや、別に俺は……」
「サトシ・ナカモト。お前はもっと俺達に言いたい事がある筈だ!礼なんて言いたいわけがない!」
「何でそう思うんですか?」
俺の問いかけに、それまで真っ直ぐと遠くを見ていたテザー先輩が、ガバリと俺の方を見て叫んだ。テザー先輩も、本当に多彩な声を持っている。羨ましい程、良い声だ。
「……もう、お前も分かっているんだろう?自分達が何の為に、ここに連れて来られたのか」
「あぁ、それ」
俺は寝ていた筈なのに、いつの間にかスッキリと整理された思考の末に辿り着いた、ある一つの答えを口にした。
「俺達人間が、毒を測る為の“道具”として、ここに連れて来られたって事ですか?」
「……あぁ、そうだ」
テザー先輩の表情が歪む。隣からは、エーイチの規則正しい寝息。ホッとする。皆、生きてる。
「逃げないように、何も教えず、退路を断ち、挙句の果てには苛立ちの捌け口として使われる。憎いっしょ?こんな扱いを受けて。ムカついてんだろ?別に言っていいし。お前には、文句を言う権利がある」
「……」
「俺がお前ら二人を回復したのだって、死なれたら困るからだし。他の奴らがお前らを交代で運んだのも、お前らに今後も“カナリア”としての役割を果たして貰わなければ、自分達が危ないからだ。全部、コッチの、エルフ側の都合なんだよ!別にお前らの為じゃない!」
「っふふ。なんだ、ツンデレかよ」
「は?」
俺は余りにも辛そうな表情で、必死に言葉を紡ぐ先輩の横顔に、思わず笑ってしまった。
だってそうだろ。
ツンデレキャラってのは、明らかに此方の為に好意でやってくれた事を、照れ隠しの末「あんたの為じゃないんだからね!」なんて言うから、ツンデレと呼ばれるのだ。だとすれば、まさに今のテザー先輩なんて、その王道テンプレートそのものじゃないか。
エーイチのズレデレより大分と分かりやすいツンデレ……いや、シュンデレかもしれない。