マティックの言葉に、イーサの表情が一気に明るくなる。ついでに、俺を抱き締める腕にも、更に力が籠った。
「っ!あぁ!」
「本当はこの後も、びっしりとスケジュールは埋まっていますが、私が一刻分は調整しましょう。この後、全ての業務に癇癪を起さないで参加すると約束が出来るのであれば、出て行きましょう。約束できますか?」
「できる!出来る出来る!」
「ならば、一刻だけ席を外して差し上げましょう」
「よしっ!」
なんだ、この親子みたいなやり取り。
最早イーサは完全にマティックの掌の上で転がされている。イーサの癇癪をおさめるための時間も、マティックはそもそものスケジュールに組み込んでいたのだろう。だからこそ、俺は呼ばれたのだ。
まったく、さすがにこの宰相。他人を転がすのが異様に上手い。さすが岩田さんが声を務めているだけの事はある。特に、単純なイーサは転がしやすいだろう。
「さて、ではサトシ?イーサ王子への“ご褒美”はよろしくお願いします。また、次は父と共に参ります」
マティックの言葉に、俺は思わず目を瞬かせた。父と言うとカナニ様の事だ。そういえば、あの日俺は“お願い”をされていた。
『キミに、会って来て欲しい人物が居る。ソイツを、城まで連れて来て欲しい。出来るか、サトシ』
連れて来て欲しい相手とやらが誰かは分からないが、あの話はそれ以降詳しく聞いていない。というより、あの日以降、俺はカナニ様に会っていないのだ。
「いいですか?サトシ」
マティックが再び俺を呼ぶ。
顔を上げると、そこにはニコリと形の良い笑みを浮かべ此方を見てくるマティックの顔があった。ドキリとした。これは、イーサとはまた違った美しい顔をしている。綺麗だ。
けど、この顔。この岩田さんの声。どこまでいっても、身構えずにはいられない。
「貴方が先日見た父は、城下に下りる為に姿を変えていたモノになります」
声が出ないので、小さく頷く。その間もイーサからの抱擁と固い下半身は無くならない。とりあえず、気にしない事にしておく事にする。
「なので、次ここに来る時はホンモノの姿をした父と来ます。楽しみにしておいてください」
「っ!」
おぉ!そうか!そうだそうだ!
こないだ酒場で会ったカナニ様は、俺の知ってるキャラデザをしていなかった。だとすると今日はホンモノに会えるというワケだ。
「嬉しいですか?サトシ、貴方は父上の愛好者のようですからね」
勢いよく頷こうとしたが、止めておいた。
ここで俺が何も考えずにはしゃぐと、こないだのようにイーサの癇癪玉が再び爆発しかねない。あの時は、本当にイーサの機嫌を直すのに苦労した。
『あ゛ぁぁぁぁっ!なぜっ!なぜ!サトシはカナニに“がんばれ”と言われて嬉しそうな顔をするんだ!あ゛ぁぁぁぁっ!』
もう爆ぜる爆ぜる。
余りにも癇癪を起すものだから、俺はあの日もイーサの部屋でイーサの気が済むまで……まぁ、色々と処理させられてしまった。
クソ、今日こそ自分でヌけるように指導しないと!
「……」
そんなワケで、俺は瞬きだけでマティックには楽しみである事を伝えた。
『頑張ってくれたまえ、サトシ君』
あぁ!こないだのカナニ様のあの台詞!もう、何度思い出しても最高にシビれるもんだ!もう、何度脳内再生したかわからない。
(頑張ってくれたまえ、サトシ君。かぁっ!イイ!最高にイイ!)
自分でも完全に気持ち悪いとは思うのだが仕方がない!
昔から、好きなアニメのワンシーンや台詞は、脳内で何度も再生する癖が付いているのだ。決して変態的なアレで再生している訳ではないから勘弁して欲しい!
「さて、それでは、貴方にもご褒美が用意して差し上げられた事ですし。頑張ってくださいね。サトシ君」
「?」
謎のマティックからの「頑張って、サトシ君」という、胡散臭さの抜けない声色に俺は眉を顰めた。
一体、俺は何をこれから頑張るというのだ。
「さて。貴方にはこの後の公務に対してイーサ王子が“頑張れる”ように、出来るだけ彼の我儘を聞いてあげてください」
「――!?」
「うぬ。サトシが頑張ってくれたら、イーサも残りの公務は頑張れそうだ」
コイツ!
こないだは俺に「頑張れ」を言う為に、自分が頑張るとか言ってた癖に!
「では、ごゆっくり」
「――!」
俺の感情の籠った視線などお構いなしに、マティックは颯爽とイーサの部屋から出ていった。そして、後に残されたのは――、
「サトシ、ぐるじい」
「……」
(はぁ)
真っ黒な喪服に身を包みながら、下半身を容赦なく反応させるイーサの姿だった。
あぁぁっ!もう!
七日間は何もせず喪に服す最初の一日目に!息子のコイツは一体ナニをやっているんだ!