165:人間のオス

 

 

「お兄様!お兄様ったらお兄様!私の方を見て!私の話を聞いて!」

「いやだ」

「むーーーー!聞いて!マティックが大変な事を言ってたの!お兄様と国政について話さなきゃなの!」

「あぁ、うるさい。それは後で聞いてやる。今は出て行け」

「今じゃなきゃイヤ!イーサお兄様!……ちょっと!人間のオス!お前は邪魔よ!ちょっと出て行きなさい!」

 

 え、ナニコレ。

 めっちゃ羨ましいんですけど。

 

 俺はイーサの腕の中でぎゅうぎゅうに抱きしめられながら、耳を突く華沢さんの声に、ただただ心臓の音をかき鳴らしていた。

 

——-に、人間の雄が、私に気安く話しかけないで。ぶ、無礼よ!

——–私は、このクリプラントの王、ヴィタリック陛下の第一姫ソラナです。

 

「……やっぱりだ」

 

 ソラナ。イーサの妹で、この国のお姫様。

 ツンな我儘妹キャラもあり、癒しの姫君キャラもありなんて。まさに、ソラナ姫は完全に華沢さんの“良さ”を引き出せる最高のキャラじゃないか!

 

「……な、なによ。気持ち悪い目で私を見ないで!」

「あ、すみません」

 

 語弊を恐れずに言うならば、罵られてもドキリとする。嬉しい。最高。

こんなに至近距離で華沢さんの声を、しかも俺に向けた声を聴く事が出来るなんて、幸せだ。しかし、見るなと言われて女性を見つめ続けられる程、俺はメンタルが強いワケではない。

 

「あ、」

 

そう俺がソラナ姫から目を逸らすと、今度はポニーテールのメイドさんが目に入った。多分こっちは速水さんの声の、少しだけ仲良くなれたメイドさんの筈だ。

やっぱり、大物二人を使用して一役に使っていたワケではなく、きちんとそれぞれ別の役柄として用意されていたんだ。納得。

 

 声優によってキャラがブレブレだと思ったんだよ。うん、安心した。

 

「あ、あの。お、お久しぶりです」

「……」

「えっと、あの?ひ、久しぶり?」

「……」

 

 フルシカトだ。

 完全に俺の事など眼中にない、とその目は言っている。少し、いや、かなりショックだ。この子の方とは、少しは仲良くなったと思っていたのに。

 

「ちょっと、気安く私のポルカを見ないでくれる。人間のオスの分際で」

 

 地味にショックを受ける俺の前に、ソラナ姫が再び視界に映り込む。どうやら“ポルカ”というのが、あのポニーテールメイドさんの名前らしい。

 

「ポルカは私のモノなの。次に、気安く話しかけたりしたら、その首を刎ねてやるから」

「え?」

「ちょっと!気安く私を見ないでって言ってるじゃない!見ないで!いやらしい!」

「えぇ……」

 

 ソッチが俺の目の前に来たんじゃん。

 なんて、この状況では言えそうもない。だって、メイドさんを見ただけで「首を刎ねる」なんて言われてしまったのだ。口答えなどしようものなら、首切り確定になる事請け合いだ。

 

「なんなんだ……一体」

 

それにしても、やっぱり兄妹だ。言う事が全く同じときている。

ついこないだ、イーサもテザー先輩に向かって「首を刎ねてやる」と、まるで大罪を犯した罪人かのような言い草で言い放っていた事を、俺は頭の片隅にチラと思い出した。

 

「ふん、まったく身の程を弁えなさい」

「おい、弁えるのはお前だ。ソラナ」

「っ!」

 

 突然、俺の頭の上から驚くほど低い声が放たれた。一瞬、その声に「あ、好きな声だ」なんて思ってしまいそうになる思考に無理やり蓋をする。それと同時に、俺の手を掴むイーサの拳に力が籠った。

 

「ソラナ。お前、妹の分際で何を言っている。ふざけるのも大概にしろ」

「なによ、そんな……人間の、オスに」

「ソラナ。サトシは王である俺の唯一の自由だ。お前が自由に出来る存在じゃない。弁えろ」

「~~~~っ!」

 

 イーサの言葉に、それまでツンとした表情を浮かべていたソラナ姫の顔が一気に歪んだ。歪んで、ジワと音が聞こえてきそうなほど、目に大粒の涙が浮かぶ。

 ヤバイ、完全に可愛い。男ならきっと誰であれ、彼女に駆け寄って「大丈夫だよ」と頭を撫でてやりたい衝動に駆られてしまうであろう。

 

「いーさ、おにいさまなんて、きらい。き、きらい」

 

 ポロリと一粒だけ涙が零れた。それでも尚、泣くまいと涙を堪えている。

 なんだよ!その表情!凄いキュンとくる!しかも、声が華沢さん!もう完全に最強じゃねぇか!このソラナ姫に敵う男なんて、この世に一人も居ねぇ!

 

 そう、俺が小さく拳を作って感じ入った時だった。

 

「別にお前に嫌われたって構わん。さぁ、どんどん嫌いになれ」

「っ!」

 

 俺の言う“男”の例外が、すぐ傍に居た。

 

「ソラナ、お前はそうやってすぐに泣く。まったくもって鬱陶しい。だいたい、お前は泣けばどうにかなると思っているだろう?だからそんなに容易に涙なんか流れるんだ」

「っう、うぅ」

「それに、お前は女への差別を無くすだと、女の権利を確立するだのと偉そうな事を言っておきながら“人間のオス”なんていう差別を、同じ口で平気な顔をして言うのだな。おかしなものだ」

「っう、う、うぇ」

「いいか?“差別”の根本は同じだ。結局お前は、女への差別を無くす為に、他に差別の出来そうなスケープゴートを新しく作りだそうとしているだけだ。根本を変革せねば、何も変わらん。ソラナ、お前はそんな事も分からないのか?」

「う、ぅぇっっひぅ」

「あぁ、まったく。そんな愚かな妹とは喋りたくない。さっさと出ていけ」

「っあぁぁぁん!」

 

 気が付けば、華沢さんの可愛らしい泣き声が、部屋中に響き渡っていた。

 

「あぁ、うるさい。うるさい」

「……ぁ、あ、おい。イーサ?」

「ん?どうした、サトシ」

 

 ひでぇ!何だコレ!よくもまぁあんな可愛い女の子に対して、逃げ場のないカウンター論破を繰り出したもんだ!

 

 いや、マジで同じ男として信じられないんだけど!?と、俺が頭の上にあるイーサの顔を見上げた時だ。

 

「なぁ、サトシ。イーサは上手にソラナを論破してやったぞ?凄いだろ?」

「……お、お前」

 

 そこには得意満面な様子で俺を見下ろすイーサが居た。まるで、褒めてくれといわんばかりのその表情。いやいやいやいや。

いや!?お前は別に褒められるような事してねぇからな!?イーサ!

 

「ん?サトシ。イーサを褒めるか?」

「いや、おま……」

「あぁぁぁんっ!あぁぁん!ポルカ!ポルカ!来てぇっ!」

「はい、ソラナ様。ポルカは傍におりますよ」

 

 速水さんの声だ。泣き喚く華沢さんの声に対し、速水さんの声は落ち着いている。ソラナ姫、と呼ぶその声はどこまでも優しい。

 さっきは完全にシカトされたけど、やっぱり速水さんの声もイイ!

 

「ソラナ様、涙を拭きましょう」

「あぁぁんっ!さまは、イヤっ!」

「でも、今は二人きりでは……」

「いいのっ!いいのーー!ポルカは私の“半分”でしょうっ!?どこに居ても、私が望めば二人きりなの!」

「……わかったわ、ソラナ」

「ぽるか」

 

「……う、うわぁ」

 

 目の前で可愛いらしい女の子二人が、向かい合って名前を呼び合っている。しかも最高に俺の好きな声で。あぁ、生きてて良かった。尊い。

 そう、俺が目の前に二人をジッと見つめていると、とんでもない台詞が耳に飛び込んできた。

 

「私のポルカ。口付けをして」

「わかったわ、ソラナ」

 

「え?」

 

 俺が聞こえてきた言葉に思わず目を見開くと、俺の視界は、この世で最も美しいキスシーンで彩られていた。