(5)

 

 

 良い子だと思っていた寛木君の正体は、とんでもないインテリチャラ男モンスターだった。

 

「ますたー、全然気づかなかったですねー」

「ミハルちゃんは、けっこーすぐ気付いてくれたのにねぇ」

「はい!ゆうが君は、おどろくほど演技がヘタでした」

「……ミハルちゃん、さーすがぁ」

 

「……」

 

 今日も今日とて、金平亭は忙しかった。というか、毎日忙しい。それなのに、五月の収支も安定して赤字。

 そんなワケで、六月もこの店は火の車の状態でクラウチングスタートを切った。

 

「はい、寛木君!」

 

 ドンと俺が乱暴に彼の前に差し出したのは、コーヒーではなく紅茶だった。しかもティーバッグのお徳用のヤツ。バカな俺は、寛木君の「マスターのコーヒーは最高です」という言葉にまんまと騙され、毎日毎日腕によりをかけてコーヒーを淹れていたのである。

 

 彼はコーヒーより紅茶が好きなのに!まったく、俺のコーヒーの方が絶対美味しいだろうが!

 ……いや、俺は一体何に腹を立てているんだ。

 

「ハーイ、マスター。やっすい紅茶をあんがとー」

「文句言うな。紅茶は専門外なんだよ」

「ダイジョーブ。大企業様の作った大量生産された商品は、再現性高くバカでもサルでもある一定のレベルで美味しく淹れられるようになってっから。……マスターみたいに〝唯一無二〟を目指して、拗らせてませんからね?」

「……くぅぅっ」

 

 コテリと小首を傾げながら、嫌味なくらい良い笑顔で言われた。最後だけ、〝良い子の寛木君〟になっているのがまた嫌味ったらしい。

 〝あの〟衝撃の本性を暴露されてから、寛木君は店が開いている時以外は、完全に本性を現すようになった。

 

 そう、この寛木君の目的は「俺の店が潰れるのを見届ける事」なのだ。

 いや、マジで最低なヤツだ。それを俺は、寛木君が俺の淹れるコーヒーどころか、俺自身を好きだなんて勘違いして。

 

「はぁっ」

 

 あの時の俺は完全に黒歴史だ。好かれていると勘違いして浮足立って、断り方をシミュレーションしたりなんかして。最早、恥ずかしいを通り越して悲しくなってくる。

 本当はこんな事を言ってくる子と仕事をするなんて……と思ったのが、如何せん彼は仕事の時は非常に真面目で……やっぱり良い子なのだ。

 

『マスター、少し休憩に入ったらぁ?この辺の片付け、全部俺がやっとくから』

『……ありがと』

 

 それに、必修単位を取り終えている彼は、田尻さんが学校で居ない平日の昼間もガッツリシフトに入ってくれる。正直、性格云々など言ってられない程、寛木君には助けられているのである。

 俺が残ったコーヒーをカップに注ぎながら溜息を吐いていると、カウンターに座る二人がとんでもない事を話し始めた。

 

「ねぇ、ミハルちゃん。もうこの店、今年の十二月までに潰れると思うんだけど次のバイト先を探さなくてダイジョーブ?」

「ひえっ、そうなんですか!?困ります困ります!私、来年の四月から東京のダンススクールに入るつもりでいるのに。せめて来年の三月まで頑張って欲しいです!そーゆう計算で貯金してるんですから!」

「だってぇ、マスター?」

 

 そう、紅茶のカップを片手にニヤリと嫌な笑みを浮かべてくる寛木君は、完全に身も心も優雅の極みだった。

 

「この店は……潰れないし!」

 

 大丈夫、そう。まだ大丈夫だ。

 赤字と言ってもお客さんは毎日沢山来てるのだ。どこかのタイミングで収支も必ず黒字になるだろう。店は、客さえ来てれば潰れたりしないんだから。

 

「はぁ、よかったー。ゆうが君、マスターがお店は大丈夫だって」

「ふーん?」

「それに、こんなにお客さんもいっぱいで人気のお店なんだから、絶対に潰れたりしませんよ!私のSNS広告のお陰です!」

 

 田尻さんが、俺と同じ意見でこちらに向かって真昼間みたいな明るい笑顔を向けてくる。

 

 あれ?何でだろう。田尻さんと全く同じ意見で「大丈夫」だと思っていると考えると、急に不安になってくる。

 まるで、高級なカニと、スーパーのカニカマを食べ比べて「コッチ!が高級カニ!」と思ったら田尻さんと同じ意見だった。そんな気分だ。

 

「ま、俺的にも就職するまでの暇つぶしはほしーから、三月まではもってくれると有難いかなー……ま、無理だろうけど」

 

 そう、最低な事を呟きながらお徳用の紅茶をカップですする彼は、悔しいけれど本当に優雅だった。