「……ぅ」
だって、寛木君は俺のコーヒーが好きなんじゃない。大企業の作った大量生産されたティーバッグの紅茶が好きだ。
「マスターは客じゃなくて自分の腕ばっかり見てるもんね。職人気質で、こだわりが強い。赤字なのに、自分が良いモノを提供していれば、いつかは必ず店は黒字になるって問題の本質から目を逸らしてる。だからダメなんだ」
「だ、め?」
「そう、ダメ」
寛木君がこの店のアルバイトに来てくれたのも、俺のコーヒーを気に入ってくれたからじゃない。この店が潰れる所が見たいからだ。
寛木君の「ダメ」というその言葉に、遠くから懐かしい声を聴いた気がした。
——–おい、キリ!別にこだわるなって言ってるんじゃない!こだわりは売上を上げてからだって言ってるんだ!このままじゃ、金平亭はダメになるぞ!
ここは、〝俺達〟が自由に生きる為のお城だった。
あれ?自由って、一体何だっけ?俺、今自由?
「あ」
ぼんやりとする俺に、寛木君が俺の目元を見ながらポツリと言った。
「気付かなかった。マスターって小さいけど泣きホクロがあんだね」
——–キリ、お前はまた泣いとるのか。この泣き黒子が泣き虫を連れてくるのか?
今度は爺ちゃんの声が聞こえる。
なんだよ、さっきから。もう居ないヤツの声ばっかり聞こえてきて。走馬灯かよ。俺は死ぬのか。余命半年?あれ?それは店の余命?それとも俺の余命?
「あれ?なに、マスター。もしかして泣きそうになってる?ははっ、ウケる」
「っ!」
そう、どこか揶揄うように口にした寛木君に、俺は堪えていたモノが一気に溢れ出すのを感じた。そう、俺は――。
「へ?えっ!ちょっ、なに!?マジで、泣いてんの!?マスター!」
「っうぅぅうう!」
号泣していた。
「は!?待って、俺のせい!?」
「うぅぅぅうっ!!」
「え、やっぱ俺のせい!?いや、でも俺、ホントの事しか言ってねぇよ!悪口じゃないし!マジで!ホントの事だけしかっ!」
「うぅぅううっ!」
急に泣きだした俺に、酷く慌てた寛木君の声が響き渡る。涙で歪む視界のせいで、寛木君がどんな顔をしているかは分からない。でも、声はいつもと全然違って優雅さの欠片も無い声だ。
「ほ、ほんとの事しか言ってねぇのに……!なんでいつも……!」
「っぅぅっひぅっ」
あぁ、寛木君が辛そうな顔をしてこちらを見ている。
なんだ、良い子じゃないか。そして、田尻さんとよく似ている。二人共、きっと本当の所でお世辞なんて言えない。嘘の吐けない「良い子」だ。なんだよ、俺の店。癖のある、似たような子ばっかり集まって。
——–おれ、おとなになったらこのホクロ取る!コレ取ったら泣き虫じゃなくなるんだ!
幼い頃の俺がハッキリと頭の中に響いた。ごめん、俺。大人になってもホクロ、まだ取れてねぇわ。
「なっ、なになに!?男って普通泣かないじゃん!なんで!?こんなに普通に泣いてんだよ!?」
「ぐづろぎぐんっ」
「なに!?」
俺は止められない涙を滝のように流しながら、寛木君を呼んだ。嘘が吐けないなら、コレだけは聞いておきたかった。
——–マスターのコーヒーは本当に美味しいです。
「おでの、ごーひー、おいじいぐない?」
「は?」
「ごーひー、おいじぐながった?」
再び泣きながら問いかけた俺に、寛木君は眉を顰めながら言った。
「ま、不味くは……なかった!」
俺は戸惑いながらも勢いよく答えてくれた寛木君に、再び泣いた。
あぁ、なら良かった。
コーヒーが不味くなければ、俺はそれだけでいいのだ。