番外編1:ゆうが君はキスじゃ物足りない!

 

 六月下旬。

 連日続く雨により、高い湿度が素肌をベタつかせる季節。そんな日も、コーヒーブルームの店内は学校帰りの学生に加え、仕事帰りの働く大人達でごったがえしていた。

 

 時刻は五時二十分。俺は時計をチラリと見て期待に胸を躍らせる。それは、あと少しで三十分の休憩時間に入れる、からではない。

 

「お待たせしました。ご注文は何になさいますか?」

 

 そう、俺が手前に並んでいた客に声をかけた時だった。

 

「ちょっ、あの人格好良くない?」

「ヤバ、スーツ最高なんですけど」

「ね、写真撮っていいかな」

「やめときなって」

 

 店内に居た女子高生の集団が、ブルームの入口を見てにわかにどよめいた。それに合わせ、周囲の客も、まるでさざ波のように次々と視線をそちらへと向ける。

 俺はと言えば、周囲のざわめきを聞いた途端、むしろ顔を上げられなくなってしまった。だって、誰が来たかなんて見なくても分かる。

 

 あぁ、あれだけ期待していたくせに、顔が上げられない。湿度の高い空気の中、ジワリと体に汗が滲んだ。暑い。いや、熱い。

 

「それでは、ドリンクをお渡ししますので。あちらでお待ちください」

 

 俺はまだ仕事中だ。粛々とお客様対応をしなくては。

 そう、必死に自分に言い聞かせたところで、跳ね上がる気持ちを誤魔化す事は無理そうだ。

 

 なにせ、今日も彼が来てくれた。バイトの時みたいに。毎日、店に来てくれる。でも、今回の彼の目的はブルームという喫茶店じゃない。

 

〝俺〟だ。

 

 六月下旬。高温多湿で不愉快極まる。そんな季節の折り、俺は寛木君と……いや、優雅君と再会して二カ月が経とうとした。

 

 

ゆうが君はキスじゃ物足りない!