「あ、あの。優雅君。お疲れ様」
「そっちもお疲れ」
仕事終わりで賑わうコーヒーブルームに、スーツ姿の優雅君が来るのも今では日課のようなモノだ。
「今日、上がりは何時?」
「えっと……ラストまで」
「で?」
で?と言いながら憮然と問いかけてくる優雅君に、俺は彼が何を言いたいのかハッキリと理解した。
「……そのあと、コンビニのバイトです」
「へぇ?」
「あっ、あの。ちゃんと寝てるよ」
「っは、どうだか。その目の下のクマをどうにかしてからそう言う事は言えっての」
「あはは」
そう言って、俺から目を逸らした優雅君に俺は後ろ手に髪の毛をかきながら、会計を済ませた。優雅君は注文をしない。俺が淹れる、俺のおすすめのコーヒーを彼は黙って飲んでいくだけだ。
「あの、休憩がこの後入るはずだから……あの」
「……だから来てんだけど」
「う、うん!ありがとう!」
逸らされた視線がチラリと此方へと向けられる。そして、その整った顔に少しだけ穏やかな表情を浮かべる彼に、俺は分かりやすい程に浮かれてしまった。多分、今の俺の顔は非常にだらしないモノになっているだろう。でも、仕方がない。
働き詰めの毎日の中、こうして恋人が尋ねてきてくれる。
「じゃ、俺。いつものトコに居るから」
「うん、わかった!」
その間に挟まれる、ほんの三十分の休憩時間だけが、俺が優雅君と触れ合える唯一の時間なのだから。
◇◆◇
優雅君と俺がバッタリと金平亭の前で再会したあの日。
あの日を境に、切れたと思っていた俺と優雅君の縁が、再び結び直された。
しかも、今回は雇い主と従業員としてではない。まさかの、恋人としてだ。彼から「好きだ」と言われた時は、正直聞き間違いかと思った。
俺はすぐに自分の都合の良いように物事を捉えて勘違いする節があるから。だから、また勘違いをしていてはかなわないと、「コーヒーが?」と、幾度となく聞き直したところ、どうやらそれは勘違いではないようだった。
——–あぁぁっ、もう!好きなのはアンタだって言ってんだろ!?青山霧、お前だよ!いい加減に信じろよ!?
真っ赤な顔で怒鳴りながらそんな事を言われれば、さすがの俺も今度こそ勘違いではないらしいと、自分を信じる事ができた。
「今度は、勘違いじゃない。勘違いじゃないんだ……」
そんなワケで、俺にまさかの恋人が出来た。しかも、同性の。しかも、とてつもなく格好良い。しかも、とても優しい。
寛木優雅君は俺の勘違いではない、ホンモノの恋人だ。