番外編6:長男と次男(1)

≪前書き≫

【本編】から4年後のラティとケインのお話。

こちらは、番外編と称しておりますが、ほぼ【本編】の続編のようなお話となっております。

 

1~3が「ラティ視点」
4~9が「ケイン視点」
ラストは、弟たちの話です。

 

けっこう長いですが、彼らのその後を見届けて頂けると嬉しいです。
それでは、どうぞ。

————

 

 初めまして、僕の名前はラティと言います。

 

 昔は尊い存在でしたが、今はこれといって尊くもなんともない、ただの「ラティ」です。昔はよく臣下から「出来損ないの王太子」と陰口を叩かれていましたが、今はそんな事もなくなりました。今は、母国スピルに何かあった時の人質としての役割を担っています。出来損ないで無能の僕ですが、一応「王太子」という肩書が……

 

「っいけない、もう王太子という年ではないのに」

 

 僕は柔らかい日差しの差し込む部屋の中で、新しい文通相手に手紙をしたためていた手を止めました。

 

 敵国バーグからケインに連れ帰って来てもらってから既に四年が経過しました。成人などとうの昔に過ぎ去り、今ではもう二十四歳です。

 それなのに、僕ときたら気持ちは子供の頃のまま。日記に本音を吐露し始めた五つの頃から何ら変わっていません。

 

「……なんだか、ちっとも大人になれていない気がする」

 

 そう呟いた後、書きかけた手紙に目を落として更に呆れかえりました。

 

「まったく、僕は一体何を書いてるんだろう」

 

 僕は今「手紙」を書いています。ええ、「日記」ではありません。僕はもう日記は書かないと決めたので。

 

 日記を書かなくなってどれほど経ったでしょう。書かなくなった当初「書きたければ書けばいい」と何度も口にしていたケインを、今でもよく思い出します。

 

——もうラティは自由なんだ。日記だって好きに書いたらいいだろ。

 

 もういいんだよ、という僕にケインは何故か凄く不満そうな表情を浮かべていました。そのうち、ずっと一人で居ては寂しいだろうと、文通相手を与えてくれたのです。

 

——日記がダメなら手紙はどうだ?文通相手を新しい「友達」にしたらいい。

 

 あぁ、ケインは本当に優しい。僕みたいな人質にしか使い道のない相手にも心配りを忘れないでいてくれる。

 

 こうして、僕の「文通相手」との交流が始まったのです。

 そんな相手に、僕ときたらダラダラと後ろ向きで卑屈っぽい事ばかりを書いて。

 

「こんな事を書かれたら相手はビックリしてしまうだろうに」

 

 長いこと日記を書いていたせいでペンを手にすると、自然に誰宛てでもない自問自答になってしまう癖が抜けません。

 

「……これは書き直しだね」

 

 僕は手紙を手の中でクシャリと丸めると足元のゴミ箱に投げ捨てました。

 

「今回の文通相手は……一体どのくらいもってくれるだろう」

 

——ラティ、どうやら「彼」は仕事が忙しくて文通が出来なくなってしまったみたいだ。

 

 インクで汚れたペン先を拭いながら、僕はケインの言葉を反芻します。

 そう、ケインが僕に文通相手を紹介してくれるのは、これが初めてではありません。今回で、もう七人目になります。

 

 終わりはいつも突然やってきます。

 楽しい文通が続いていたと思ったら相手から返事が来なくなる。

 

「……ケインはあぁ言ってたけど、きっと僕との手紙のやりとりがつまらなかったんだろうね」

 

 僕は面白い人間ではないし、書く事と言えば大好きな「ケイン」の事ばかり。

 

 だから、きっと相手はウンザリしてしまうのでしょう。

 結局、僕は文通相手を物言わぬ「日記」と同じように扱って、相手の気持ちを蔑ろにした交流をしてしまう。

 

 そのせいで、文通相手とは三カ月以上長続きした試しがないのです。

 

「僕は、本当にダメな人間だ」

 

 窓の外にはキラキラと太陽の光に照らされる中庭が見えます。

 ここは王宮の離れ。人質くらいにしか使えない僕のような役立たずを置いておくには、もったいない、とても天国のような場所です。敵国バーグに居る時は、いつも薄暗くて埃っぽい納戸のような部屋で——。

 

「……っは」

 

 嫌な事を思い出してしまったせいで、体の至る所がジクジクと痛み出した気がします。そんなワケないのに。もう、どの傷も痕はありますが、すっかり治っています。

 

「もう、手紙は後にしよう」

 

 僕はインクの蓋を閉めると椅子から立ち上がりました。

 

 一年前までは首に鎖の「ケイン」が付いていましたが、今はそれもありません。ケインが「ラティに、そいつは必要ない」と言って取り払ってしまったのです。なので、どう動いてもシャラシャラと懐かしい音が聞こえる事はありません。それはそれで寂しくもある。

 

「まったく、ケインったら……キミは優し過ぎるよ」

 

 しかも、鎖を取り払った時にこの離れの敷地内であれば、好きに動き回っていいと言ってくれました。

 

——ラティ、たまには散歩くらいしたらどうだ?

 

 どうして?と尋ねると、ケインは酷く不安そうな顔で答えました。

 

「僕がどんどん小さくな消えてしまいそうな気がするって……ケインったらおかしいの。僕が小さくなっているんじゃなくて、自分が大きくなっているだけなのに」

 

 僕はケインの言葉を思い出して吹き出しました。

 

「でも、確かにケインの言う通りかも……」

 

 もしまたバーグや他の国と戦争になった時、人質に出すスピルの王族が、あまりにもひょろひょろでみすぼらしかったら、それはそれで国家の恥を晒す事になるでしょうから。

 「威信」というのは目には見えないけれど、国家の剣の一つなのですから。。

 

「うん、そうだ。少し散歩でもしようかな」

 

 いざという時に、少しでも母国の……いやケインの役に立てるように。

 僕は手早く外着に着替ると、部屋の外に出ました。途中、いつも食事を運んでくれる侍女とすれ違いました。

 

「ラティ様、お散歩ですか」

「はい、庭園を少し歩こうかと思って」

「お召し物は、その……他にございませんでしたか」

 

 侍女が僕の姿を見て、少しだけ怪訝そうな顔をしました。その顔に、僕はとっさに侍女から視線を逸らします。

 

「あ、えっと」

 

 それもそうでしょう。

 今、僕が身に纏っているのは、袖の長いリネンシャツに、紐で留めるだけの簡素なズボンです。しかも、シャツの裾なんかはところどころ色褪せており、外見だけでは僕が王族だなんて誰も思わないでしょう。

 

「ぼ……じゃなかった。私は、これが気に入っているので」

「気に入って……そうでしたか。それは失礼致しました。では、気を付けていってらっしゃいませ」

「は、はい」

 

 恭しく頭を下げてくる相手に、僕は逃げるようにその場を立ち去りました。静かな大理石の廊下に、コツコツという僕の足音が響き渡ります。

 その音と共に、鞭のしなりのようなパイチェ先生の声が頭の中に響いた気がしました。

 

——貴方の身に纏っている柔らかい絹の服、そして今朝食べた温かい朝食。それら全ては国民を豊かにする、という責務と引き換えに与えられているモノです

 

 そうです。今の僕には、柔らかい絹の服を纏う資格も、周囲に大切に扱って貰える立場でもありません。

 

「僕には……あの立場は過分過ぎた」

 

 僕ときたらとんだ卑怯者です。ケインの恩情で様々なモノを与えてもらいながら、一人になれば、敢えて見すぼらしい格好をする事で「もう僕に何も背負わせないで」と逃げているだけなのですから。

 

「……今日は、ほんとうに良い天気だ」

 

 まるで、初めて部屋からケインを見つけた時のような青空。これは、庭のバラを見ながら、面白い形の雲を眺めるのも良いかもしれません。

 僕はまるで子供の頃に戻ったように全ての嫌な事から目を背けると、庭園へと飛び出しました。