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「っい、っでぇぇぇっ!!!」
「……ショート、お前は俺に殺されたいのか?」
気付けば、俺の拳はラティの肩に腕を回していたショートを容赦なく殴り飛ばしていた。
「え、えっ!?な、な、なに!?ショート様っ!?」
直後、痛みに悶え苦しむショートに向かって駆け寄ろうとするラティに体を、俺は後ろから容赦なく引っ張った。
「ケインっ?」
「……ラティ」
ラティが俺の名を呼んでくれた事で、妙にホッとしてしまい、予想以上に情けない声が出てしまう。
「ラティ。お前、なんで……ここに」
「っ!あ、あの!ご、ごめんね。ケイン、あの、バラが綺麗で……はしゃいでいたら、いつの間にか敷地を出ていて」
言いながら、ラティの視線はチラチラと地面の上でのたうち回るショートへと向けられる。それが俺には腹が立って堪らなかった。
「それが……なんでショートと話す事になるんだよ」
「っご、ごめん!ごめんなさい……!ケイン、あの、勝手に外に出た事は謝るから、だから……お、怒らないで」
「俺は謝ってほしいんじゃない!なんでショートと話してるのかって聞いてんだ!昔からお前はトロいなっ!?見ててイライラすんだよ!」
「っっ!」
俺の怒鳴り声のせいで、ラティがどんどん萎縮して小さくなっていくのが分かる。頭の片隅で「やめろ、これ以上ラティを怖がらせるな」という冷静な自分が静止をかけてくるが、今の俺にはそれすらも届かない。
「なんだよ……俺が昼間は構ってやらないからって今度はショートか?」
感情がどんどん前のめりになり、自分の気持ちなのに手綱を握る事が出来ない。
あれ、俺は一体何を言っている?
「あんなに楽しそうに笑って。なんだよ、俺と居る時は全然あんな風に笑わない癖にっ!」
「……あ、あの。どうしたの?なにを、ケインは怒ってるの?」
「怒ってねぇよ!なんで、俺が怒るんだよ!?」
ラティが完全に戸惑いの表情を浮かべて此方を見てくる。そりゃあそうだ。明らかに怒っている相手から「怒っていない」と言われ……この時の俺ときたら、完全に癇癪を起す子供と同じだった。
「おいおい、兄貴。もうその辺にしとけよ」
「あ゛ぁっ?」
「……そうやってすぐキレる。もういい大人なんだから、やめろよ」
気づけば、ラティの後ろで転がっていたショートが、呆れたような顔でこちらを見ていた。その視線が、じわじわと苛立ちを煽る。気がつけば、俺の拳は無意識のうちに強く握り締められていた。
「……ショート、お前がラティを離宮から連れ出したのか?」
「そんなワケないだろ。たまたまだよ……っていうか、その方がラティ様だって、俺は今知ったよ」
「なに?」
ショートの言葉に俺がラティの方をチラと見ると、そこにはどこかバツの悪そうな顔をするラティの姿があった。
「……あの、いつの間にか、離宮の、敷地を出て……それで。そこを、たまたまショート様に声をかけて、頂いて……」
「なんで、ショートに様付けしてんだよ。てか、なんで敬語」
「……あの、それが」
何も答えず、そのまま俯いてしまったラティに更に苛立ちが募る。何がそんなに腹が立っているのか、俺自身いまいち理解できなかった。
「だからさぁ。そう、がなるなよ。多分俺が、ラティ様を使用人と勘違いしちまったから言い出せなかったんだろ」
「は、使用人?」
「仕方ないだろ!だって……格好が、その」
どこか言い辛そうなショートの言葉に、改めてラティの格好に目をやる。すると、そこには確かに王族にはまるきり見えない、どこか薄汚れた服を身に纏うラティの姿がった。
「……ラティ、そうなのか?」
「ぼ、僕が話すのが、下手な、せいで……ショートさま……いや、えっと。彼を、混乱させて、しまいました。ご、ごめんなさい」
少しずつ状況は掴めてきた。
しかし、チラチラとショートの方へと心配そうな視線を向けるラティに、腹のモヤつきは収まるどころか、どんどん肥大化していく。
「おい、兄貴。もういいだろ。ここは気が付かなかった俺が悪かったんだ。もう、ラティ様を当たるのはよせよ」
「は?誰が、誰に当たってるって?」
「兄貴が、ラティ様にだよ。他に誰が居るってんだ。つーか、隠したいなら、せめてもう少し上手く隠せよ。兄貴は顔に出過ぎなんだよ。だから周りのヤツもビビって声が掛けられねぇんだって気付よ」
「っ!」
先ほどまで踏みつぶされた虫のように地面をのたうち回っていた癖に、今ではどこか余裕の表情で俺に言い返してくるショートの姿に、ますます腹が立ってきて、拳を握りしめた。
コイツ、もう一発殴ってやろうか。
「ショート……あの、ありが、ありがとう。傷、大丈夫ですか?」
「ああ、コレ。これは別にいつものことだから、全然」
「い、いつものこと……?」
ショートの青痣を見て、ラティが目を丸くして俺を見つめている。
「あぁ、だよな?兄貴」
「っく」
その視線に、握りしめていた拳をそのままソッと体の後ろへと隠さざるを得なくなる。弱い癖に、言葉一つで俺の行動をなんなく支配してくるショートに、幼い頃の腹立たしい思い出がいくつも浮かび上がってきた。
昔から、ショートの奴はこういう小狡いところがあった。クソ、これだから次男は。
「……別に。男兄弟なんだ、こんなの普通だろ」
「ぼ、僕は……その、フルスタを……殴ったことは、ないよ?」
「そりゃあそうだろうな!ラティがフルスタ様を殴れるような立場なワケないからな!……っぁ」
言った直後にマズいと思った。けれど、一度放った言葉を消す事は出来ない。
「そ、そうだね。僕が、フルスタに、そんな事を出来る立場じゃ……ないもんね」
「っぅ、あ」
そこには、俺の言葉を真正面から受け取ったラティが、曇った表情を必死に隠すように笑っている姿があった。そう、俺が見るのはラティのこんな表情ばかり。
俺こそが、ラティの自己評価を下げている一番の原因だ。
「あ、あの……ラティ」
「ケイン、僕はそろそろ部屋に戻るね。ごめんね、勝手に外に出て……ごめんね。許してね」
「違う、そうじゃない。違うんだ」
何がどう違うのか。
俺は上手く言葉を紡げないまま、ただラティの自尊心を無為に傷つけてしまった自分に嫌気が差した。こんな事をしていては、いつか本当にラティが俺から離れていってしまうかもしれない。
そう、俺が背中に隠した拳を再び握りしめた時だった。
「……兄さん?」
「っへ?」
ここに来て予想外の人物の声が聞こえてきた。
その声に、ラティも信じられないという風に目を丸くしている。この世界で、ラティを「兄」と呼ぶ人物は、たった一人しか居ない。