(12)

 

◇◆◇

 

「んっ、なんで……ケイン、っふ、っぅ」

 

 ラティの艶を帯びた喘ぎ声が、静かな部屋に絶え間なく聞こえる。

 その声を聴く度に、体の芯が疼くのを感じながら、俺はただひたすら、ラティの裸体に残った傷に舌を這わせ続けた。

 

「ケインっ……なんで、ぼくだけ……服をっ、あぁっ」

 

 俺はその声を無視し、何も纏っていないラティの体の上に容赦なくのしかかる。俺は服を着たままだ。

 

「っは、少し。ここの傷は薄くなったか……ン」

 

 俺はベッドの上で体中を真っ赤に染め上げるラティの横顔をすり抜け、真っ赤に色付く耳元へと口元を寄せた。

 そこにはバーグに居た時に、鞭が耳を掠めた時に出来たであろう傷痕が、まるで薄く彫られた古い印章のように、肌に馴染んでいる。

 

「ん……」

「っひ、っぁん」

 

 まるで果実の皮のような艶を帯びた小さな耳たぶを、勢いよく口の中に仕舞い込む。柔らかい感触を楽しむように舌で遊ばせると、そのままの勢いで、今度は耳の中に舌を捻じ込んだ。

 

「あぁっ……だ、めっ。そこ、汚い、からっ!」

「っん、っはぁ……ラティ、もっと奥まで舐めてやるよ」

「っや、っぁぁ!」

 

 俺の舌の感触に驚いたのか、ラティの腰が跳ねる。既に先走りを纏わせたラティのペニスが、俺のシャツを濡らすのが分かった。

 

「ケイン、どう……したの?いつも、みたいに、お風呂に行くんじゃないの?なんで?今日は、こんな……っぁ!」

「たまにはいいだろ、今日は俺がラティを舐めて治してやる」

「な、治すって……耳の中は、別に怪我、してない」

「……いいだよ。今日は黙って俺に舐めさせろ」

 

 フルスタ様とショートが部屋を出てからどれだけの時間が経っただろう。

 その間、俺はラティの体中至る所に舌を這わせ続けた。ただ、体の中心で小ぶりながらに自己主張をするペニスや、健気にも何かを求めるようにヒクつかせる秘孔には一切触れていない。

 

「っきょ、の……ケインは、変だよ。ど、したの?」

 

 自分だけ裸に剥かれ、体中を俺に舐められるラティは、その大きな目を潤ませジッとこちらを見上げる。

 

「どこが?どんな風に」

「どこがって、~~っ!」

 

 そんなラティの表情に俺は堪らず、再び耳の穴に舌先を突っ込んだ。耳の穴に舌をわざと唾液を絡ませ出し入れを繰り返す。

 まるで、別の行為を連想させるような俺の行動に、ラティは息を切らしながら俺の体に自身の勃起したペニスを擦り付け始めた。

 

「っはぁ、ん、ふぅっ、ふ……けいん、も……」

 

 ラティが今にも泣きそうな声を上げる。

 しかし、同時にそんな情けない声をあげつつラティはそのか細い腕で俺の体を押し返そうとしてくる。

 

「っけいん、ケインっ!もうっ、もう!なんでっ」

 

 ラティがもどかしい快楽に微かな苛立ちを覚え始めている。ラティの腕くらい押し返すのはたやすいが、どうしたものか。いつもとは違うであろうラティの表情を見てみたくもある。

 

「っは」

 

 そう性懲りもなく湧き上がってくる嗜虐芯に思わず笑みをこぼしかけた時だった。

 

「……ケイン」

 

 いつの間にかラティの華奢な指先が俺の首へと回されていた。その指は、まるで窘めるように俺の喉仏をスルスルと撫でる。

 

「僕を見なさい」

 

 静かで穏やかでありながら、その奥に微かな苛立ちを秘めたラティの……命令が俺の耳を突いた。

 

「っは、い」

 

 その瞬間、まるで剣が突き立てられたような感覚が全身を貫いた。体の中心を容赦なく切り裂かれるような衝撃は、戦場でだって、一度として味わったことがなかった。

 

「ケイン。良い子」

 

 目の前には、どこまでも芯の強いラティの瞳がじっと俺を見つめていた。その視線に絡め取られ、俺はラティ以外を見ることができない。

 その目は、はっきりと俺に語りかけていた。「言うことを、聞け」と。

 

 これは、完全に「上」から「下」への命令だ。

 

「ラティ、っぁぁ……ラティ。俺はどうすればいい?」

「っぁ。っふ、ン……どうすれば?」

「あぁ、そうだ。ラティ。何でも、言ってくれ」

 

 あぁ、いい。これは、〝どっちも〟満たされる。

 ラティは泣きそうだ。泣きそうな顔なのに、それでいて完全に俺を自分の支配下の人間だという目で見ている。

 

「俺にも、内緒のお願いをくれよ」

「内緒の、おねがい?」

「そうだ、あの二人にばっかり。ズルいだろ」

 

—–ちょっと二人に内緒の話があって。

 

 あの時、俺には何も言ってくれなかっただろ、ラティ。そんなのダメだ。俺にも言ってくれないと。

 

「っはぁ、っは。大丈夫だ、絶対に誰にも言わない。二人だけの秘密にするから」

「……ほ、んとう?」

「ああ、絶対言わない。大丈夫だ。だから」

 

 まるで、飼い犬が飼い主に願い乞うように、俺はラティの頬に自らの頬を寄せた。

 

「言えよ、ラティ。なぁ、言ってくれ」

「っぁ、っん」

 

 俺とラティの体の間で、ラティのペニスが揺れる。

 でも、それは俺も同じだ。ずっと押し込められた欲望がこれでもかと硬度を増し、ラティのペニスに向かって服を押し上げる。

 

 ずっと直接的な刺激を与えられず、ラティも苦しい筈だ。

 勃起するペニスを激しく扱いて欲しいとか、メス穴と化したヒクつく尻穴に俺のオスをブチ込んで欲しいとか。

 

「け、ケイン、あのね」

「っは、何だよ」

 

 この何の俺しか知らない俺の主が、他でもない俺に向かって下品な命令を下すところを想像して頭が弾けそうになる。

 さぁ、ラティ!お前は俺にどんな「秘密のお願い」を命じてくれる!?

 

 そう、俺が自身のズボンに片方の手をかけた時だった。

 

「待て」

「……は?」

 

 耳を、疑った。今、ラティは何て言った。

 

「ケイン、待て。待って。こっち、見て」

「あ、ああ」

 

 再びこちらを見るように命じられる。

 いつの間にか、ラティの手が俺の両頬を挟み込んでいる。その目は酷く興奮しているのにもかかわらず、どこまでも透き通っていた。

 

「あぁ、きれい。本当に昔から、君はお星さまみたい」

「ラティ、何を……」

「ずっと、こうしててぇ」

「え、こうって……見る、だけか?」

「ん」

 

 嘘だろ。俺のペニスも、もう限界なのだが。頭がおかしくなりそうだ。早くラティの秘孔にぶち込み、腰を激しく振りたい。

 

「っはぁ、ん。ケイン、けいん」

 

 でも、それは俺だけじゃない筈だ。どこか熱にうかされたようなうっとりした声で俺の名を呼ぶラティの姿は、もう淫靡の一言に尽きた。

 同時に、俺はラティのペニスに目を向ける。腹の間でダラダラと先走りを更に激しく垂れ流すソレは、男なら射精の事しか考えられない状態だろうに。

 

「ケイン、こっち見なさい」

「っぁ、はい」

「ケインは、すぐに言いつけを破る。ダメな子だね」

「っぅ」

 

 ラティに𠮟られた。こんなの初めてだ。刃のような視線が俺の喉笛を見つめ、そこから舐め回すように俺の顔を見ている。その顔は酷く満足そうで、それだけで僕はもう十分ですと言わんばかりの顔だった。

 

「っは、っは……っは、らてぃ……俺、もう限界なんだが」

「だめ。待って。僕は言いっていうまで、待て」

「いや、でも……」

「ケインは、夢中になるとすぐに変なところばっかり見るから。いいっていうまでこのままでいて」

 

 無理だ無理だ無理だ無理だ無理だ!!

 我慢なんて出来ない!もう限界だ!早くラティの中に入らないと、狂ってしまう!

 

 どうせ、ラティの力なんて大した事はない。俺が本気を出せば何も問題ない。

 

 俺はズボンにかけていた手に力を込めた。カチャリとベルトを外す音が響く。

 大丈夫。ラティの事だ。俺が何をしたって許してくれ——。

 

「ケイン?」

「っ!」

「僕の言う事は、聞いてくれない?」

「……っぁ、う」

 

 ラティの静かな、しかし有無を言わさぬ言葉に、俺はズボンにかけていた手をソッと離した。そして、ラティの頭の両脇に手をつくとそのまま、ジッと頭上からラティだけを見つめ続けた。

 

「……良い子」

「はい」

 

 頬を撫でられる感覚に、頭が痺れた。

 変だ。募る欲求は高まり、正直今にも発狂しそうなほどなのに、それでも俺は変に満たされていた。

 

「ケイン、もう一ついい?」

「な、んですか」

「口づけして」

「……はい」

「優しくね」

「はい」

 

 まるで、精通すらしていなかった〝あの頃〟の触れ合いに戻ったようだ。俺はぼんやりする意識の中、ラティに言われるがまま口づけをした。

 それも、口内を蹂躙するようなソレではなく。本当に唇を噛み合わせるだけの軽いものを。

 

「ふふ、きもちい」

 

 ラティが楽しそうだ。ラティが待てというなら待とう。ラティが来いと言えばすぐに向かおう。

 

「はは、そうか、気持ち良いか」

「ん。たのしい」

「……ラティが楽しいなら、良かった」

 

 ラティの本心が、日記でも手紙でもなく、直接俺自身に伝えられる。そう思うと、もう最高だと思えた。

 

「ケイン、あぁ。きれい。ほんとうに、お星さまみたい……はぁ」

—–ウィップ、きれいなお星様を見つけたよ!

 

 ただ、うっとりした顔で俺に語り掛けられる言葉は、なんて事はない。子供の頃にウィップに書かれていた言葉、そのものだった。

 

「……ラティ。お前は昔から、何も変わらないな」

「ん?」

「なんでもない。好きなだけ見ろよ」

「うん、うん」

 

 まぁ、夜が明けるまでには、きっと「来い」と言ってくれるだろう。

 そう信じ、俺はただただラティの言いつけ通り楽しそうなラティを見つめ続けた。しかし——。

 

「……ケイン、疲れたね。ちょっと寝ようか」

「は?」

 

 無情にもその晩、ラティの口から「来い」と言って貰える事はとうとうなかった。

 

「あれ?なんだ、これ」

 

 しかし、おかしな事に、一度も触れていないはずの俺のペニスはいつの間にか射精しており、ズボンの中をじっとりと濡らしていた。

 その夜、俺がラティから与えられたのは、飴なのか鞭なのか。

 

 その時の俺には、もう何も分からなかった。