(13)次男と長男

 

◇◆◇

 

「なぁ、フルスタ」

「なんだい、ショート?」

 

 これは、ケインがラティと「二人きりになりたい」と口にした直後のことだ。フルスタとショートは、日が暮れた宮中の離れを並んで歩いていた。

 普段、この二人が肩を並べて歩くことなど滅多にない事だ。

 

「なんだいって……おい、もういいってその喋り方。気色悪い」

「おい、不敬罪で断頭台に上げるぞ」

「っはは、懐かしい脅し文句だな」

「っふふ、僕も久々に言ったよ」

 

 断頭台での斬首は、五十年前に廃止された処刑制度だ。

 故に、今はそもそも断頭台などない。跡地には、この国の独裁者が愛するたった一人の王族の住まう離れがある。

 

 つまり、ここだ。

 

「なぁ、フルスタ。今頃、兄貴たち、ナニしてると思う?」

「わざわざ言うなよ。……ガキかよ」

「大人ぶんな、なぁ、ナニしてると思うーー?一発目は?はいどうぞ!」

「ウゼェェェ」

「おいおい、次期王がそんな汚い言葉使っていいですかぁ?」

「いや、だったら次期王に兄の性事情をネタに仕掛けてくんな」

 

 そう、フルスタは次期王だ。

 元々王位継承第一位であったラティは、一部の近親者以外には「不治の病にかかっている」という設定で話を通している。そのため、第二皇子であるフルスタの王位継承順位が繰り上がった。

 

「兄貴の事だ、今頃、ガンガンにバックでヤりまくってると思う!」

「……お前、ほんとバカだな」

 

 普段では考えられない、年相応の乱暴な口調。

 〝時期王のフルスタ〟がそんな親しげな顔を見せられる相手は、幼い頃から鞭打ち少年として傍に置かれたクヌート家の次男、ショートだけだった。

 

「なんだよ、ノリ悪ぃな!昔はよく二人でやってたじゃんか。その辺通る貴族連中の顔見て、どんなプレイが好きそう、とか」

 

 確かにやった、とフルスタは過去の自分を思い苦い表情を浮かべる。いや、若かりし頃の話だ。

 とは言っても、十七歳であるフルスタの「若かりし頃」など、つい最近のようなモノだが。

 

「……だいたい、賭けたところで、どうやって賭けの結果を知るんだよ」

「フルスタがラティ様に聞いて……」

「聞けるか!?お前が兄貴に聞いてこいよ!」

「ンな事したら、放水路に頭からブッ込まれるわ!」

 

 しかし、王位継承順位の第一位となった今のフルスタに、自由など微塵もない。常に、聡明で良い王子の仮面を付けて生きている。

 ただ、フルスタ自身、それを辛いとは思っていなかった。それが、長男ラティと、次男フルスタの決定的な違いだ。

 

「ダメだ。兄さんは真面目だから、こういう話に耐性が無い」

 

 面倒は多いが、特に国政に問題が怒らなければ、豊かで満たされた生活が保障されている。正直、ラッキーくらいに思っていた。

 

「真面目ってんなら、うちの兄貴も負けてないぜ」

「はぁ?何言ってんだよ、お前」

「なんだよ。俺の兄貴に何か文句でもあんの?」

「文句はない……無いけど、ショート。改めて思ったが、キミの兄貴は頭がおかしい」

「はぁ?そんなの今更だろ。兄貴の脳内は、加虐と嗜虐で構成されてるから。今頃ラティ様はどれだけ鳴かされている事か……お可哀想に」

「違う!」

 

 フルスタは自分より体の大きなショートに食ってかかると、直後、疲れたように肩を落とした。

 

「ケインの……あの、ラティ兄さんを前にした時のあの顔……!彼は腹の底では兄さんの奴隷になりたいと思ってる。あの人の心根は真性のマゾヒストだ」

「兄貴が?いやいや、そんなんナイから」

「お前、っほんとうに表面しか見てないヤツだな。だからさっき二人がバックでヤってるなんてお門違いな意見が出てくるんだよ。バーカ」

「はぁ!?」

 

 そんなフルスタを前に、ショートも負けていられないとばかりに口を開いた。

 

「そんなん言ったら、ラティ様だって同じじゃねぇか。子犬みたいな顔をしながら心根は真性のサディストだ。あの人、兄貴以外の人間なんて羽虫くらいにしか思ってねぇよ!?フツーに怖いわ!」

「それは、まぁ……その通りだよ」

 

 ショートの言葉に、フルスタは言い返す言葉を持たず、ただ眉間に皺を寄せた。同時に、幼い頃に交わした兄との会話が脳裏をよぎる。

 

—–フルスタ、見てごらん。あれが、国家の剣を鈍らせる〝錆〟だよ。汚いねぇ。

 

 ラティは昔から、権力欲に溺れた貴族や人間達を「錆」と呼んでいた。

 アレも錆、コレも錆。気をつけるんだよ、「錆」はどんどん広がるからね、と。まだ三歳にも満たないフルスタにコッソリと言って聞かせていた。

 

 おかげで、フルスタは未だに権力欲に溺れた貴族を見ると、つい「錆」と呼びそうになってしまう——

 

 ことはさすがに無い。

 

「長男は……なんだろう。妙に癖が強すぎるんだよ。あれじゃ生きづらいだろうに。見て手ヒヤヒヤする」

「それは同感。不器用な癖に頑固だし、我を通そうとするし。その癖、最後には『お前は甘やかされてる』ときたもんだ」

 

 二人はそれぞれ、自分たちの兄を思い浮かべて深いため息をついた。

 そして、フルスタはふと、うっとりとした表情でお互いを見つめ合う長兄達の姿を思い出し、ぽつりと言葉を漏らした。

 

「……あんな唯一無二を作ったら、生きづらくなるだろうに。バカだなぁ」

 

 そう口にしながらも、心の奥底で妙にモゾモゾとした感覚が湧き上がるのを感じた。フルスタはそれを無視せず、とっさに下腹部に手を当てる。そして、あえて聞こえるようにハッキリと声を上げた。

 

「この後、女でも呼ぼっかなぁ」

「は!?だったら俺とヤんない!?フルスタ」

 

 隣から上がった声に、フルスタは「言うと思った」と、表情がほんのり緩む。だが、すぐにその表情を引き締めると、冷静にポーカーフェイスを作りながら溜息をついた。

 

「えぇ、お前とぉ」

「いいじゃんか、久々に!な?な?」

「まぁ、いいけど」

「やった!ちょうど、俺もどっか店にでも行こうかなって思ってたんだよ!やっぱ気が合うなぁ?」

「うわっ」

 

 ガバリと肩を組んでくるショートに、フルスタは勢いよくその硬い筋肉に体をぶつけた。戦争が終わり、出兵も殆ど無くなったというのに、ショートはまた一段と逞しくなったようだ。

 

「……外でヤる時は、ちゃんと避妊はしとけよ。家系図乱したらお互い跡目争いとか面倒になるんだから」

「分かってるって!俺、そういう失敗はしないタイプだから。あーーー、それにしても、フルスタと一緒に遊べるなんて久々で嬉しいわ!」

 

 そう言って、本当に楽しそうに肩を組んでくるショートの姿に、フルスタはふっと肩の力を抜き、幼い頃から共に過ごしてきた幼馴染の肩に、自分も自然と腕を回した。

 

「……僕も、久々にショートと遊べて嬉しいよ」

「だろぉ?俺さ、また結構鍛えたんだぁ。是非見てってくれよー」

「ふふ、楽しみにしてる」

 

 そう言って、どちらともなく口づけをし合う二人を、この場で諫める者はいない。

 

 ショートとフルスタ。

 彼らとて最初は「鞭打ち少年」と、「王子」という立場で出会った。

 ただ、政治より「性」への興味が強い子供二人が揃った時、大人に隠れて二人が致してき「遊び」の数々は、ともかく他人には決して吐けぬ、こちらも「二人だけの秘密」で溢れかえっている。

 

 しかし、彼らは兄たちとは異なり、器用に生きる。

 それゆえ、互いの存在が無ければ生きていけない、というような事は決してない。ただ——。

 

「さぁ、行こうぜ。フルスタ」

「うん!」

 

 お互いが居た方が「けっこう楽しく生きられる」という具合の仲ではあった。

 

 

おわり